生物とは何か、生物のシンギュラリティ、動く植物、大きな欠点のある人類の歩き方、遺伝のしくみ、がんは進化する、一気飲みしてはいけない、花粉症はなぜ起きる、iPS細胞とは何か…。分子古生物学者である著者が、身近な話題も盛り込んだ講義スタイルで、生物学の最新の知見を親切に、ユーモアたっぷりに、ロマンティックに語る『若い読者に贈る美しい生物学講義』が11月28日に発刊された。

養老孟司氏「面白くてためになる。生物学に興味がある人はまず本書を読んだほうがいいと思います。」、竹内薫氏「めっちゃ面白い! こんな本を高校生の頃に読みたかった!!」、山口周氏「変化の時代、“生き残りの秘訣”は生物から学びましょう。」、佐藤優氏「人間について深く知るための必読書。」と各氏から絶賛されたその内容の一部を紹介します。

ミドリムシが「動物でも植物でもない」ワケPhoto: Adobe Stock

ミドリムシに悩む人たち

 ミドリムシという生物がいる。学名はユーグレナで、そのユーグレナという名前で栄養補助食品としても売られている。

 ミドリムシは鞭毛(べんもう)を波打たせて泳ぐし、体を変形させて動くこともできる。まるで動物みたいだ。その一方で、ミドリムシは葉緑体を持っており、光合成をすることができる。

 まるで、植物みたいだ。そのため昔は、ミドリムシはいったい動物なのか植物なのかと、悩む人もいたようだ。

 しかし、なぜミドリムシが動物か植物か迷うのかというと、それは、生物には動物と植物しかいないと思っているからだろう。でも、実際には、動物でも植物でもない生物はたくさんいる。

 というか、すべての生物の中で、動物や植物はほんの一部分を占めるにすぎない。だから、ミドリムシが動物か植物かを、悩む必要はまったくない。ミドリムシは動物でも植物でもない。ただ、それだけのことだ。

 現在の地球の生物は、大きく三つのグループに分けられる。細菌(真正細菌)とアーキア(古細菌)と真核生物だ。私たち動物は、真核生物に含まれる。アーキアはカール・リチャード・ウーズ(1928~2012)というアメリカの生物学者によって比較的最近(1977年)発見された。ウーズはDNAの塩基配列を使って、すべての生物の系統関係を、初めて調べた研究者である。

 DNAはすべての生物が遺伝情報を保存するために使っている物質だが、その中の塩基配列は時間とともに少しずつ変化する。そのため、進化の道すじもDNAの中に保存されているのだ。

 系統がそれほど遠くない生物なら、体の形からでも系統関係を推測することができる。ウシとシカとトカゲなら、この中でウシとシカが近縁であることは、体の形からでもわかる。

 たとえば、ウシとシカとトカゲには肢がある。それは、この三種の共通祖先が肢を持っていたからだ。この肢のように、それぞれの種が、共通祖先の同じ形質から引き継いだ形質を、相同な形質という(形質とは、形態と性質のことで、生物のすべての特徴のこと)。

 この相同な形質同士を比較すれば、系統関係を推測することができる。この場合は、肢を比べれば、ウシとシカには蹄(ひづめ)という共通の構造があるが、トカゲにはないことがわかる。そこから、トカゲに比べて、ウシとシカは近縁だと推測できる。

 系統が遠いと、どれが相同な形質なのかわからない。ヒトとキノコとアメーバだったら、どこが相同な形質なのか決めるのは難しい。そのため、すべての生物の系統関係を明らかにすることは、無理だったのだ。

 しかし、すべての生物はDNAを持っている。そして、DNA上のいくつかの遺伝子は、すべての生物が持っている。それは、すべての生物の共通祖先が、その遺伝子を持っていたからだ。したがって、その遺伝子は、すべての生物で相同だと考えられる。そういう遺伝子を使えば、すべての生物の系統関係を推測することができる。

 それを初めて行ったのが、ウーズだ。具体的にはSSU-rRNAと呼ばれるRNAを作る遺伝子を使って、すべての生物の系統関係を推測したのである。

 その結果、たとえば、見た目は同じように見えるメタン菌と大腸菌が、系統的に非常に離れた関係であることがわかった。そこで、メタン菌を含むグループを、細菌の仲間から独立させて、アーキア(当時の呼び名はアーキバクテリア)というグループを作ったのである。