生物とは何か、生物のシンギュラリティ、動く植物、大きな欠点のある人類の歩き方、遺伝のしくみ、がんは進化する、一気飲みしてはいけない、花粉症はなぜ起きる、iPS細胞とは何か…。分子古生物学者である著者が、身近な話題も盛り込んだ講義スタイルで、生物学の最新の知見を親切に、ユーモアたっぷりに、ロマンティックに語る『若い読者に贈る美しい生物学講義』が11月28日に発刊された。
養老孟司氏「面白くてためになる。生物学に興味がある人はまず本書を読んだほうがいいと思います。」、竹内薫氏「めっちゃ面白い! こんな本を高校生の頃に読みたかった!!」、山口周氏「変化の時代、“生き残りの秘訣”は生物から学びましょう。」、佐藤優氏「人間について深く知るための必読書。」と各氏から絶賛されたその内容の一部を紹介します。
多様性が高いと生態系は安定する
生物はお互いに関係し合って生きている。それは、初期の人類と肉食獣のような、食べる・食べられるの関係だけではない。資源を奪い合って競争したり、花とハチのようにお互いに助け合ったり、さまざまなタイプの関係がある。
さらにいえば、生物に影響を与えるのは、他の生物だけではない。光や水などの生物以外の環境も、大きな影響を与えている。このような生物とその周りの環境を、すべて含めて生態系という。
どんな生物でも、一人で生きていくことはできない。生物は必ず生態系の中で生きている。だから生物にとっては、生態系が崩壊せずに安定して存在し続けることが大切だ。そのためには、いろいろな種類の生物がいた方がよい。
たとえば、ある年に干ばつが起きたとしよう。そのとき、乾燥に弱い植物しかいなければ、その多くは枯れてしまう。そのため、光合成による有機物の生産は激減する。すると、光合成で作られる有機物に頼っていた動物なども激減し、中には絶滅するものもいるだろう。そうして、生態系は大きなダメージを受ける。
一方、乾燥に弱い植物だけでなく、乾燥に強い植物もいたとしよう。その場合は干ばつが起きても、光合成による有機物の生産はそれほど減らない。そのため、動物などが絶滅することもない。生態系は大きなダメージを受けることなく、干ばつがすぎれば、再び以前のような生態系が回復するだろう。さらに、乾燥に強い植物も一種でなく何種もいた方が、生態系が安定する。
このように、種は異なるが、役割は同じ生物が複数いることを「冗長性」という。このような冗長性も含めて、いろいろな種類の生物がいることを「生物多様性」という。
ちなみに、1992年にブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開かれた国連環境開発会議(地球サミット)で採択された生物多様性条約では、生物学的多様性(biological diversity)という言葉が使われていた。その後、生物学的多様性という考えを広く社会に普及させるために、愛称として生物多様性(biodiversity)という言葉が作られた。
一部では、生物学的多様性と生物多様性を違う意味の言葉として使い分ける流儀もあるようだが、ここでは大勢にしたがって、同じ意味として使うことにする。
生物多様性条約では生物多様性を、「種内の多様性」「種の多様性」「生態系の多様性」を含むものとして定義されている。
種内の多様性は、同じ種に属する個体同士の違いのことで、個性と呼ぶこともある。たとえば、私たちヒトは、一人一人顔立ちも体格も性格も体質も異なる。こういう個性の違いを、種内の多様性というのである。
種の多様性は、異なる種がどれくらいいるか、ということだ。たとえば、人類の種の多様性とは、人類に属する種がどれくらいいるか、ということだ。約700万年前に人類が誕生してから、いろいろな人類の種が現れた。そして地球上には、たいてい何種もの人類が同時に生きていた。
しかし、約4万年前にネアンデルタール人が絶滅すると、とうとう私たちヒトは一人ぼっちになってしまった。今の地球上には、人類はヒト1種しかいない。
現在の人類の種の多様性は、非常に低い状態なのである。
生態系の多様性は、異なる種類の生態系がどれくらいあるか、ということだ。生態系にはさまざまなものがある。広大な森林や小さな池も、それぞれ一つの生態系を作っている。
地球全体を1つの生態系とみなすこともできる。また、私たちの腸の中も、莫大な腸内細菌が1つの生態系を作っている。