デマ情報拡散の張本人なら
損害賠償は最大数百万円に

「ガラケー女デマ拡散」事件では、加害者側のひとりとされた人物に近い関係にある50代の男性は、こうした今の流れについていけない様子を隠さず、こう語った。

「本人(加害者)が、『ごめんなさい』と言えば、被害者も『いいよ、これから気をつけてね』と、腹の中で思うところあっても、それで済ませるのが健全な社会ではないか」

 ネットトラブルでは、加害側と被害側、その認識のギャップがあまりにも大きいのが一般的だ。「ごめんなさい」「いいよ、気をつけてね」では済まない。双方、納得がいかずとも、「責任を取る」「責任を取ってもらった」とするには、やはり金銭的な解決しかない。

 今、ネット上でデマを流して、これが大規模に広まった場合、書き込んだ者がその大元であれば、百万円単位の損害賠償義務が認められる可能性があるという。また、シェアをした者やリツイートをした者であっても、場合によっては数十万円の損害賠償義務が認められる可能性があるそうだ。

 SNSでは、たとえ不特定多数への公開設定ではなく、一部の人物しか閲覧できない設定にしていたとしても、そこに「伝搬性」がある以上、自らの書き込み内容に責任を持たなければならないという。これはシェアやリツイートも同じである。SNS内でのグループ機能での書き込みもまた同様だ。

 かつてインターネットが普及し始めたとき、「お茶の間に複数の報道機関を抱えるのと同じくらい」に情報収集ができるという声もあった。これは裏返せば、「個人がお茶の間から複数の報道機関並みに情報を発信できる」ということだ。同時に、個人であっても、報道機関と同じように法的責任が発生するということをも意味している。その責任とは究極のところ金銭だ。ネットに書き込みを行うとき、もし、その責任を問われたなら、莫大な損害賠償金を支払う覚悟があるかどうか、冷静に考える必要がある。

 だからといって、加速するネットリンチに歯止めをかけるべく規制を強化することは、戦前の暗い時代からの反省を踏まえて設けられたという日本国憲法第21条に定められた「表現の自由」をないがしろにしかねない。自由には責任を伴う。表現の自由における責任について、今一度、私たちは考える時期にきているのではないか。