「コピーからオリジナリティへ」
映画に込められた政府の問題意識

 北京から遠い南方の広東省はもともと中央政府のプロパガンダが効きづらい地域である。「党の指導のおかげで発展できました!」といった、あからさますぎるストーリーを作るのは逆効果になりかねない。

 だが「創客兄弟」の各場面は無茶なプロパガンダに走らず、現実的にありうる話を繋げて作られていた。

 何よりも福田区政府が訴えたい問題意識は、前述したクライマックスである法廷シーンでの許の訴え「かつて山寨の大本営と呼ばれていた華強北は、今は最新技術に目の前で触れることができるイノベーションの中心地になっている。山寨をしている中国はもうない」だろう。

 前半の投資を受けてスタートアップとして走り出すシーンでも、スマホ修理店舗を畳んだ余が「もう山寨はやらない!」と段ボールいっぱいのスマホを地面に投げ捨てるシーンも山場の一つだ。そうした「コピーからオリジナリティへ」は福田区政府の、そして深センや中国全体の問題意識そのものだろう。中国全体の知財意識の高まりは、中国政府の意思でもある。先進国の製品を正面からベンチマークし、それを上回る製品を生み出すような研究開発ならともかく、雑すぎるコピー品で不正な売り上げを上げるのは、今の政府も歓迎しないやり方だ。

「アメリカの企業から根拠の怪しい特許紛争を仕掛けられる」というのもファーウェイの件で深センの人間たちが共感を抱きやすいポイントだろう。また、この映画は一路一帯プロジェクトとして英語の字幕も付けられている(海外での公開については未定)。

 一方で、かつての許と林といった友人同士で大きな貧富の差が開いていることや、アメリカ帰りのクリスティーナが開発中に「なんで中国人はすぐ、大きな差を“あまり変わらない”というの?それは悪い風習だ!」と怒鳴るシーンなどは、(それが事実であるだけに)ギョッとするシーンでもあるが、政府の検閲では問題なかったようだ。

 主人公の許と投資家の林は、かつて同じような1m市場の商人だった。広東州東部の潮州は潮州商人と呼ばれる華僑を世界中に送り出していて、タイやシンガポールのチャイナタウンは潮州商人が作ったものだ。移民の街である深センでも多くの潮州商人が大成功を収める一方、それ以上の数の潮州商人が相変わらず毎日苦労して働いている。そうしたストーリーは深センの人間たちが慣れ親しんだものだ。