患者の状態や背景がさまざまで「この治療法を」という“正解”がない腫瘍化学療法について、静岡がんセンターの経験則から治療選択の注意点や有害事象対策のポイントをまとめた『静がんメソッド』の「消化器癌・頭頚部癌編」「乳癌編」「肺癌編」等々の著・監修・編集を手掛けてきた化学療法のプロフェッショナルだ。

 もともとは内視鏡なども扱う一般の消化器内科医として約9年間勤務していたが、15年ほど前に静岡がんセンターに着任した。

 がん専門病院を選んだ裏には、それまでに味わってきた苦い思いがある。

「大学卒業後、付属病院の血液・消化器内科に入局し、血液のがんを診ていました。血液のがんは若い人が多いです。自分と同年代の20代や10代の患者さんに化学療法をして、完全に治る人もいましたが、亡くなる人のほうが多くて、なんとか治そうと、必死に手段を探り、迷っていました。

 次に務めた公立病院では、一般の消化器内科勤務でしたが、がんの患者さんも当然います。でも当時、手術ができない、進行がんの患者さんに対しては、治療できる薬が全然ありませんでした。『本当にほかに治療手段はないのか』と、誰に尋ねても『ない』と言われ、文献をあたっても、似たようなことしか書いていない。

 僕たちにできるのは『あと余命3カ月ですね。つらくないようにしましょう』といった通り一遍の話だけ。結局そこでの8年間で、医者として自分は何もできないんだと思い知らされました」

“療法”とは名ばかりで、治すことができない化学療法。それ以外の治療手段を持たないことに悔しさや虚しさを感じた安井先生は、最先端の考え方と治療法を学ぶために、静岡がんセンターを選んだ。

「患者さんを少しでも治せる方法があるんだったら、僕が知らないからやらなかったというのは、あってはならない。患者さんにも申し訳ない。『やれることがあります』と選択肢を提示して、『あなたにとってはこっちがいいです』というようなやりとりができるようになりたかったんです。がん医療を専門にしたかったのではなく、考え方やどういう治療法があるのかを学ぶために、ここに来ました。

 開院から1年目でしたが、当時の上司が素晴らしい人で、すごくラッキーでした。診療をやりながら、治療法の開発についてもいろいろと学ばしてもらいました」

「ごめんなさい」
亡骸に泣きながら針を刺した

 本コラムで紹介してきたドクターには必ず、医師として自分を成長させてくれた患者さんの存在がある。

 安井先生も、「忘れられない患者さん、たくさんいますよ。今でも患者さんが亡くなると泣いてしまいます」と、当時の記憶がよみがえるのだろう、つらそうな表情で、2人の患者さんについて話してくれた。