多くの人は、これら一連のプロセスにおける複合的な能力を「集中力」と認識している。だが実際には、「集中力」という単一の能力は存在しない。

 本書では、「集中力」の全体像をつかむために、人間の本能と理性を比喩的に「獣と調教師」と表し、集中力との関係性を見ていく。

◇面倒嫌いでパワフルな「獣」

 まず「獣」と集中力の関係を見ていこう。内なる獣には3つの特性がある。

 まず、「難しいものを嫌う」だ。これは、エネルギーの浪費をふせぐためだ。食物が見つからずに飢えそうなとき、急に猛獣に襲われたとき、伝染病にかかったときなど、いざという場面でエネルギーを残していなければ、人類は死に絶えてしまう。進化の過程で、エネルギーを保存するようになっていったのだ。現代の高度化したタスクに集中できないのは、当然といえば当然のことだろう。

 次に「あらゆる刺激に反応する」だ。獣は情報の並列処理が得意なので、日々のあらゆる刺激が獣の注意を引いてしまう。人間の脳が受け取る情報量たるや、1秒間に1100万件を超えるという推計もあるほどで、なかでも五感に訴えかけるものには意識のスイッチが優先的にオンになるようにプログラムされている。

 最後に、「パワーが強い」だ。いったん獣に乗っ取られてしまえば、あやつり人形のごとくなすすべがない。集中力は簡単に途絶えてしまう。

◇ロジカルだけど何かと不利な「調教師」

 一方「調教師」は、進化の過程で「獣」に対応する別の3つの特性を持ち得た。

 まず、「論理性を武器に使う」だ。激しく暴れる獣を食い止めるべく、合理的な思考で立ち向かう。たとえば勉強に集中しているときに「冷蔵庫に美味しそうなケーキがある」という情報を受け取ったとしても、すぐに「食べよう!」とはならない。勉強を中断した後のことや体型のことを論理的に考えて「食べたら太る→太りたくない→我慢しよう」と答えを導き出すことができる。

 次に、「エネルギー消費量が多い」だ。獣の働きは低コストでほとんど思考力に負担をかけない。一方、調教師の働きは、脳のシステムに多大な負荷を与え、多くのエネルギーを使う。複数の情報に鑑みて判断するのだから、当然のことだ。