そんな、栗下さん自身が感じてきたモヤモヤの思考の旅路を、一緒にたどれるのが本書だ。…といっても、栗下さんが取材してきた「不思議な経営者たち談」が書かれているわけではない。(それをやったら名誉毀損で訴訟とかになりそう…。)誰もが「人徳者」として納得しそうな著名人たちのエピソードと、近代の様々な研究結果などを交えながら、「徳」についてあれやこれやと考えていく一冊だ。

徳のある人って?

 そもそも「徳のある人」と言われてどんな人が思い浮かぶだろう?「社会のため」に献身している人?自分より他人を優先する人…?いずれにしても、どこか自分を犠牲にしてでも「他」のために行動するような人が思い浮かぶかもしれない。

 だが、スタンフォード大学経営大学院のフランク・フリン教授の研究によると、ある企業のエンジニア同士の関係性を検証したところ、もっとも生産性が低いエンジニアは自己犠牲の精神が強い人たちだったという。「人望が厚い人」となって出世するか、「お人好し」として利用されるかは紙一重かもしれない。

その「徳」は利他的?利己的?

 利他と滅私は、近いようで異なる。ではその違いとは何なのか?

「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である」という名言を遺した二宮尊徳。真っ先に思い浮かぶのは、薪を背負って本を読んでいる像であろう。苦学をして一家を再興させただけでなく、約600の村を独自の農村改良策で再建した二宮。だが、「一汁一菜と木綿着物さえあえればいい。それ以上の財産をもつことは精神を披露させる」と言い切り、多くの報酬は望まなかったという。

 むしろ彼は、「人間にとって最大の報酬は心がウキウキするかであり、それは仕事そのものを通じて得られる喜びだ」と考えていた。農村を再興させるという一見「利他的」な仕事を、創造できる喜びや達成感を得られる「利己的」なものだと思っていたようだ。

 実際、心理学者や進化生物学者の研究でも、義務感や責務からではなくて、自主的な選択や達成感に基づいていれば、人に力を貸すことで、逆に活力を得られることが多い、とも指摘されている。