こうした問題は、数字をきちんと調べると経済合理的に判断しやすくなるものです。たとえば、令和元年の交通事故の件数は合計で38万件、うち交通事故の死亡者は3215人です。事故に遭う人は人口の0.3%程度で、事故に遭った場合1%弱の確率で死亡する計算です。これは搭乗者にも歩行者にも同様に起こり得る、リスクの合計数値です。

 交通事故の確率は、数字としては微妙に現実味のある低さです。過去10年間で合計すれば、その10倍の3%の人が事故に遭遇しているということは、職場の誰か、学校のクラスの誰か、法事で集まった親戚の誰かが、身内の交通事故のエピソードを語れるくらいの頻度で起きています。

 だから、交通事故に遭う「万が一」はそれなりに現実味があることになり、その結果、シートベルトの着用率は高くなる。まずはこれを基準に考えて、新型肺炎と比べてみましょう。

 新型肺炎については、まだその恐ろしさが十分にはわかっていません。しかしリスクを考えるという観点では、同種のコロナウイルスが引き起こした2002年から2003年にかけてのSARSの流行が参考になるでしょう。SARSについてはこの時期、香港を中心に8096人が感染し、774人が死亡したとされています。

SARS発生時の香港では
死亡リスクが自動車事故より高かった

 まさに大流行だったわけですが、香港の人口は700万人なので、実は感染率は交通事故ほど高くはなく、0.1%程度だと見積もることができます。一方でSARSは、一度発症したら死亡率が10%程度ととても高い。この2つの数字をかけ合わせると、当時の香港においては自動車事故で死ぬリスクより、SARSで死ぬリスクのほうが、実は高かったことになります。そうした理屈でいえば、車に乗るときにシートベルトをすべきだと思う人は、外出時のマスクの着用も必ずすべきでした。

 ちなみに今回の新型肺炎も、人口1000万人の武漢市で4000人が発症し、100人超がすでに死亡しています。数字的にはまだSARSほどではないように見えますが、これから感染が拡大することを考えると、同程度の心構えが必要ではないかと私には思えます。

 前述のように、まだマスクをしていない日本人が多いということは、「私たちは経済合理的に行動していない」という1つの例なのです。