とはいえ、実際に日本人から親切にされたという中国人の声も少なくないようだ。世界から冷たい視線を注がれる中国の人たちにとっては、こういう困難の時期こそ、少しでも助けてくれる相手には心を打たれ、感謝の気持ちが高まる。

 筆者も先日フェイスブックで、知人が運営する中国の高齢者介護施設が感染予防のため外出禁止にし、介護スタッフが自分の家庭を顧みず、施設に泊まり込みで入居者を見守る中で、マスクが大変不足して困っている…という内容の投稿をした。

 すると、日本人の多くの方々からご心配やご協力をいただき、胸がいっぱいになった。

 それは中国にいる人たちも同じであろう。いろいろな臆測や情報が飛び交い、先が見ない不安や恐怖を抱えている中で、日本からの気遣いがどんなに心の慰めとなり、救われたことだろう。

多くの自然災害を経験した
日本人だから他人の痛みがわかる

 これはそもそも日本人が地震や洪水など多くの自然災害を体験し、相互に助け合う精神が養われているからではないだろうか。

 例えば、2011年の東日本大震災のときに、原発事故で日本が経験したことは、日本人にとって忘れることのできない記憶であろう。当時、福島県民だけではなく、日本全体が世界中から原発事故の風評被害や差別を受けたことは記憶に新しい。

 今の中国で起きていることと似たような体験として、思い起こした方々も多いのかもしれない。そのときも「あれは天災ではなく人災だ」といわれ、今の中国の人々と同様に、多くの日本人も同じ痛みを味わったに違いない。

 災害が起きたとき、最も厳しい立場に置かれるのは一般市民である。そのようなときにこそ、SNSや自動翻訳の技術革新は、誤った情報を拡散するという負の役割を果たす半面、人々に大きな希望を与えるという素晴らしい役割も果たす。国境を越えた市民同士の助け合いにより、共に乗り越えようという姿勢が今後ますます強まってくるに違いない。