人口14億人の中国と1億5000万人のロシア。共に広大な国土を有し、医療過疎に悩む2つの大国の状況を、吉田式の遠隔医療が変えようとしている。

病弱な少年が夢見た
地域格差のない医療

 吉田先生は、札幌生まれの道産子だ。父親が転勤族だったことから、小学校では2回、中学校では5回転校したが、行先はいずれも過疎地で、身体があまり強くなかった吉田少年はしょっちゅう病気にかかり、その都度学校を休んで、遠く離れた町にある病院に通わなければならかったという。

 病人、まして子どもにとっては、何時間もかけて移動すること自体が苦行だ。それが原体験となって「病院はずーっとずっと離れたところ」と刷り込まれた記憶が、後に、「世界のどこに住んでいても最高水準の医療が受けられる医療格差のない社会」をめざす、遠隔医療への情熱を育むことにつながった。

「北海道には180の市町村がありますが、そのうちの75%、159の市町村が過疎地域です。北海道の人口10万人あたりの医師数は203.6人で、全国平均の201人を上回っていますが、医師の半数近くが札幌市に住んでおり、このような医師の偏在が、北海道の医療格差を生み出します。しかも25年後には、北海道の人口は23%減、留萌、稚内あたりは50%減、旭川も25%減で4分の3に減ると予測されています。そうなれば医者が増えても患者はいないという時代が到来し、北海道の医療は成り立たなくなるでしょう。

 同様の事態は、今後北海道に限らず、日本全土で起きてきます。そればかりか、将来は、世界中が過疎地化する。遠隔医療の推進は、世界中の人々にとって必要なことなのです」

 壮大な志のもと、日本初の遠隔医療は1994年、旭川医大と余市協会病院との間で行われた。NTTの総合デジタル通信網サービス(ISDN)を使い、日本では初めて、世界ではアメリカのメイヨークリニックが行った心臓のカラードップラー動画像の送受信について2例目の成功だった。

「その日診断したのは、糖尿病網膜症の男性など5人の患者さんでした。私がモニター画像を見ながら、『ここをちょっと見てください』とペンとタブレットを使って示すと、余市協会病院の眼科医が『ここですね』と相槌を打ち、『この血管が問題なようですが』と私が続ける、といった具合です。旭川と余市の間は約200キロ。動画像の情報が空間を飛び越え、余市の患者さんの前に私がいるかのごとく、診断することができました」

 当時は1秒間に10コマの送受信がやっと。動画像はぎこちなく、診断をつける決め手は静止画にしなければならず、動画での診断を可能にするには、より大容量のデータをスムーズに送受信できる通信網の登場を待たなければならなかった。