誰もが〝アーティストのように〟考えた経験がある
ところで、ここまでの話を読んで、次のように感じている人はいませんか?
ごもっともな感想です。
しかし、ここでお伝えしておきたいのは、アート思考は画家や彫刻家といった狭義のアーティストを目指す人のためだけのものでもなければ、デザイナーのようなクリエイティブ関連の仕事に就きたい人のためだけのものでもないということです。
またこれは、生まれ持った才能やセンスに依存するものでもありません。
勘の鋭い人であれば、アート思考にまつわる話が、決してアートの世界だけにかぎった話ではないことにお気づきになったのではないでしょうか。
・誰かに頼まれた「表現」ばかりをしていていないか?
・「探究」を進めることを途中で諦めていないか?
・自分の内側にあったはずの「興味」を放置していないか?
これらは、日々の仕事や学び、さらには生き方全般にもあてはまる問いです。
このようなアート思考の本質について、みなさんはどう感じましたか?
あまりに独りよがりで、子どもじみていると思いますか?
しかし、ビジネスだろうと学問だろうと人生だろうと、「自分のものの見方」を持てる人こそが、結果を出したり、幸せを手にしたりしているのではないでしょうか?
なにもないところから「自分なりの答え」をつくれない人が、激動する複雑な現実世界のなかで、果たしてなにかを生み出したりできるでしょうか?
アート思考は、まさに「自分のものの見方」「自分なりの答え」を手に入れるための考え方です。その意味で、アート思考はすべての人に役立ち得るものなのです。
とはいっても、決して身がまえなくて大丈夫です。「すべての子どもはアーティストだ」というピカソの言葉のとおり、人は誰でもアート思考をかつては実践できていたはずだからです。あなたも決して例外ではありません。
子どもだったときのことを思い出してみてください。
沿道に生えた、名もなき小さな花が目に留まり、しゃがみこんで観察したこと。
近所に見知らぬ小道を見つけ、「どこにつながっているのだろう?」とワクワクしながら探検してみたこと。
裏の畑に大人の背丈ほどの砂山を見つけ、最高の遊び場に変えてしまったこと。
まるで初めて地球に降り立った宇宙人のように、あなたもきっと、あらゆる些細なものごとを、新鮮な目で見つめていたはず。そして「自分の興味・好奇心・疑問」に従ってためらいなく行動し、「自分なりの答え」を見つけ出そうとしていたはずです。
しかし、あなたが子どものころに持っていた「興味」や進めかけていた「探究」は、いつしかどこかに行ってしまったようです。
いろいろな原因が考えられますが、最も大きいのは「教育」の影響ではないかと私は思います。
ですから、アート思考を取り戻すのは決して難しいことではありません。
「新たなことを学ぶ」のではなく、「13歳」の分岐点に戻り、「かつて実践していたことを思い出す」だけでいいのですから――。