『海賊とよばれた男』(講談社)のモデルとして知られる出光興産の創業者・出光佐三が終生追求したのは、海外石油メジャーズや国内のさまざまな規制やしがらみからの自主自律であり、消費者の便益を優先させる事業だった。経営においては、人間尊重と大家族主義を打ち出し、後者の「大家族」にはユーザーや生活者まで含めていた。佐三はそうしたフィロソフィーを貫き通し、難局のたびに、「黄金の奴隷たるなかれ」「逆境にいて楽観せよ」と社員を鼓舞。人の力を結集することで苦難を乗り越え、成長を実現してきた。

 2006年に東証1部に株式を上場してプライベートカンパニーから進化を遂げた出光興産はいま、国内の石油需要が10年後には3割減、20年後には半減(いずれも同社予測)という事業環境の激変に直面している。成長著しいアジア太平洋地域でも、石油需要は2030年にはピークを打つと見られている。

 そんな中、昨年(2019年)12月に開かれたCOP25(国連気候変動枠組条約第25回締約国会議)では、化石燃料に依存する日本へ批判が集まったことは記憶に新しい。結局、地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」の運用ルール決定は先送りされたものの、脱炭素化社会への前倒しを求める流れはさらに加速したといえる。化石燃料によるエネルギーの需要構造は大転換を迫られ、EV(電気自動車)やデジタル技術による技術革新と相まって、ライフスタイルや社会の価値観も様変わりしていくことだろう。事業モデルの転換に成功しなければ淘汰されるという「荒海」が、日本そして世界すべての企業の目前に迫っているのだ。

 2019年4月にようやく実現した昭和シェルとの経営統合によるシナジーを発揮しながら、出光は事業環境の激変にどう対峙していくのか。統合新社の初代社長を担う木藤俊一氏は、「レジリエント(しなやかで強靭)な企業体」への変革を打ち出している。たしかに、人の力を活かす日本発のレジリエント経営がこれほど求められている時はない。

 人間の可能性を次の未来に向けてどのように花開かせるのか。そのための新しい芽は、すでにいくつか顔を出し始めている。逆境をどう好機に変えていくのか、木藤社長に打ち手を聞いた。

働き方と業務を同時改革する
DTKプロジェクト

編集部(以下青文字):2019年4月、ようやく昭和シェル石油との経営統合が実現しました。実際に統合してみると、想定以上にうまくいったことや、逆に想定していなかった課題も出てきたかと思います。手応えはいかがですか。

レジリエント経営と共創力で<br />荒海を乗り越える【前編】
出光興産 代表取締役社長
木藤 俊一
 SHUNICHI KITO
1956年生まれ。1980年慶應義塾大学法学部を卒業後、出光興産に入社。2005年人事部次長、2008年経理部次長、2011年執行役員経理部長、2013年取締役兼常務執行役員経理部長、2014年常務取締役、2017年取締役副社長を経て、2018年に代表取締役社長に就任。2015年の発表から3年半もの準備期間を経た2019年4月、世界メジャーであるロイヤル・ダッチ・シェルの傘下企業だった昭和シェル石油との経営統合を実現。統合新社(トレードネーム:出光昭和シェル)の初代社長として陣頭指揮を執り、真の統合を実現するための全社横断的な活動を推進中。主力商品である石油の国内需要が20年後には半減するといわれる中で、激変する事業環境に立ち向かうためのレジリエンスな事業モデル、企業体への転換に向けた挑戦を行っている。

木藤(以下略):実質的な経営統合までに当初の予定より長い時間がかかりましたが(注1)、その間、両社社員の交流の場をできるだけ設け、シナジー効果を実現するための活動を積極的に行ってきました。むしろこの助走期間があったことで、社員同士は大きな違和感もなくスムーズに融合できたと思っています。
注1)2015年秋、ロイヤル・ダッチ・シェル傘下の昭和シェル石油との経営統合で基本合意したが、翌年に出光創業家が統合反対を表明。説得交渉を経て、2018年に創業家も賛成に転換した。

 もちろん課題もあります。経営統合したとはいえ業務システムがまだ別々なことから、一緒に机を並べていても、それぞれの会社の仕事をしているという雰囲気がどうしても残ってしまう。ですから、これを早く一本化していかないといけません。単にどちらかの業務プロセスやシステムに片寄せして終わりにするのではなく、お互いのよい面を活かし、改善すべき点は改善して、ベストプラクティスを構築する取り組みを進めています。

 その具体的な施策を実行するのが、昨年7月にスタートした全社横断型の業務改革プロジェクトである「DTKプロジェクト」です。DTKは、長澤まさみさんに出演いただいた当社のテレビCMのキャッチコピー「だったらこうしよう。」から来ています。社員の声を反映させながら、まずは業務システムを一本化し、そのうえで業務フロー自体の見直しや働き方改革を実現する全社横断的な取り組みです。約2年のプロジェクトですが、この改革プロジェクトが完了した後も、企業文化として改革活動が継続していくことを目指しています。

 経営統合によるシナジー効果は2021年度に総額600億円と試算されていますが、DTKプロジェクトで業務改革が進めば、効果がさらにプラスされる可能性もあるのでは。

 はい、あります。600億円というのは、主に原油の調達、精製、物流といったサプライチェーンで出てくるものを積み上げた数字ですが、業務や本社機能、ブランドなどの一本化によるシナジー効果は、2022年度以降にさらにプラスされてくると見ています。

 一部マスコミでは、経営統合に時間がかかったことから「3年半を空費した」という表現がよく使われました。実際はその間、さまざまな準備を進めてこられたはずです。新体制発表の記者会見で「ロケットスタートが切れる」と述べられたのは、けっして強がりではなかったわけですね。

 そうです。先に申し上げた通り、人の交流を積極的に進め、2017年5月にはブライターエナジーアライアンスを締結し、一部の部門の執務室を一体化して、製油所の留分の相互活用や油槽所の共同利用、物流拠点の相互乗り入れなど戦略の構築やシナジー効果を実現する活動を行っていました。