自民党の議員42名が「資産効果で国民を豊かにする議員連盟」なるものを設立したという。会長は山本有二前金融相。「日本版国家ファンド」設立を目指すという。新聞記事などによると、運用可能な国有資産は一部の試算によると500兆円あり、その一部を「一流のプロに任せて」運用するのだという。

 彼らのほかにも、政策プロモーター的な、評論家、経済学者にも国家ファンドを立ち上げるべきだと主張する人がいる。彼らは、莫大な積立金の運用益を増やし、これを使えば、税収不足の問題も一気に解決するではないかと「うまい話」を熱っぽく語る。ある種の人たちにとって、国家ファンドは血の騒ぐものであるらしい。

 しかし、専門的に運用の立場で考えると、あまりに馬鹿馬鹿しくて、真面目にコメントする気にもなれない筋悪の企画である。とはいえ、真剣にこれを推進しようとする動きがあるので、見くびってばかりもいられまい。国家ファンドのどこが駄目なのかを整理しておきたい。

莫大な積立金は、国民に返還すべき

 まず、おおもとのところから言うと、「官から民へ」に完全に逆行している。構造改革のキャッチフレーズに「民間でできることは民間で」というものがあったが、お金の運用こそ「民間でできること」の代表だろう。

 国家ファンドを推進しようとする人たちも、政府が直接運用に手を下すことを企図しているのではなく、世界から「プロ中のプロ」を雇うと主張している。だが、民間の運用会社を雇うのであれば、国が行なうのではなく、リスクを取りたい民間の個人や法人がファンドに直接資産運用を委託すればいい。政府が判断を独占するよりも、より多くの人間が判断したほうが資金配分は効率的になる。それがマーケットというものの考え方だ。

 政府が民間からカネを召し上げ、それを運用しようとするのは全くの時代錯誤だ。しかし、日本には、例の「霞ヶ関埋蔵金」の原資でもある特別会計や、公的年金をはじめとした妙な積立金(多くは必要以上の規模だ)が、膨大に溜まっている。

 基本的には、こうした積立金は国民に返還すべきだろう。直接返金しないまでも、減税や保険料の削減で実質的に返金することは可能だ。国民に返したうえで、国民個々がその運用や使い道を判断すればよい。それが自由主義先進国の普通の姿であろう。

 考えてみれば、国家ファンドを行なっている国というのは、中東の産油国や、シンガポール、中国といった、中央集権的で、民間の自由な活動を重んずる立場から言うと「遅れた」政府である。彼らの運用原資はアメリカの貿易赤字の裏腹というべきものであるが、急速に溜まってしまったお金を政府が運用する運びになった。