その絵の正体は、モスクワから遠く離れたパリで、クロード・モネというアーティストが描いた《積みわら》という作品です。その絵には、畑で刈り上げられた藁が、小屋のような形に積み上げられている田園風景が描かれています。タイトルにも《積みわら》とあるように「具象物」が描かれていたのはまず間違いありません。
しかし、その描き方が当時あまりに斬新だったため、これを見たカンディンスキーにはなにが描かれているのかがすぐにはわからなかったのでしょう。
カンディンスキーは「なぜ、その絵に惹きつけられたのか」について、この体験を振り返りました。
そして、1つの考えに至ります。
こうしてアートの魅力に取り憑かれていったカンディンスキーは、とうとうアーティストに転向する決心をします。自分が《積みわら》に魅了されたときのあの感覚を再現しようと、「探究」を進めはじめたのです。
探究をはじめたカンディンスキーは、絵に「なに」が描かれているのかをあえてわからなくするために、対象物の形状を歪めて描いてみたり、極端に色を変えてみたりしました。
しかし、ほとんど原型がわからないほどに変化を加えたところで、元をたどればそこには必ず「具象物」の影がありました。そのことが彼の頭を悩ませます。
そんななか、カンディンスキーは「あるもの」に目をつけました。幼少のころから親しみ、愛してきたクラシック音楽です。そこで彼は、音を色に置き換え、リズムを形で表現してみることにしました。音やリズムは、目に見えません。具象物ではないのです。
絵から「具象物」が消えた瞬間でした。