女性記者たちの定宿は
ソープランド街にあった
スクープ記事が出るのは、取材の成果だけでもなかったようです。ライバル誌をつぶすというのも、仕事だと思っていたのです。
新たなヒ素被害者が浮上したとき、別の社の女性記者がその家にいるのを発見したそうです。
彼女は日刊紙の記者だから、このまま放置しておくと、週刊誌が先を越される可能性が高い。そう思った彼女たちは、突然,夜の飲み会に日刊紙記者を呼び出し、相手がつぶれるまでお酒を飲ませて、翌日、被害者を囲い込んで独占インタビューに成功したというような話まで聞きました。
和歌山カレー事件は、平成になってからの事件ですが、昭和の高度成長期のオヤジのような競争をやっていたのです。
私も10週連続で、和歌山カレー事件の担当デスクをしました。毎週、雑誌が売れるので、編集長には「もう書くことがない」といっても、「何か記事を書いてくれ」。現場とは、また議論です。「中身のない記事は書きたくない」。堂々と言い張る若い記者たちが頼もしく思えました。
和歌山の現場に私も、激励のために入ったことがあります。
教えてもらったチームの定宿にタクシーで乗り付けると、大勢の男性がタクシーを取り囲みました。いわゆる客引きです。周囲を見渡すと、いわゆるソープランド街。全国注目のこの事件には新聞、テレビの大部隊が常駐しているので、週刊誌が予約できるのは、こんな宿しかなかったのです。
彼女たちが朝、ホテルを出るときは、ソープ街のアンチャンたちから「今日もガンバレヨー」と声援を受けながら、颯爽?と出かけていったそうです。
ああ、これからは女性の時代だ、と実感したのですが、それから20年。ここに実名を書いた女性たちは文春では契約記者でしたから、社員にはならず。文春には、女性役員もまだいません。非正規雇用問題と女性雇用問題は、雑誌の不振の大きな原因になっているように思います。
なぜなら、雑誌とは、井戸端会議そのものであり、女性の視点を欠いては存在し得ないと思うからです。