(Photo:Bunpei Kimura)

世界の経営学の中で唯一、組織の知の創造メカニズムとして「SECIモデル」を提唱した野中郁次郎教授。入山章栄教授は2019年末に刊行した著書『世界標準の経営理論』で、「野中理論はこれからの時代に圧倒的に必要になる」と指摘している。経営理論や知の創造をめぐる両氏の対談から、アカデミックの世界、ビジネスの世界のいずれも、人々が集まって熱い議論を戦わせ、刺激し合う中から新しいものが生まれてくることがわかる。(構成 渡部典子、編集部 写真 木村文平)

入山章栄(いりやま・あきえ)
早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授
慶應義塾大学経済学部卒業、三菱総合研究所で調査・コンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。Strategic Management Journalなど国際的な主要経営学術誌に論文を発表している。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版、2012年)、『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(日経BP社、2015年)。最新刊に、『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』誌の連載をベースに、世界の主要経営理論30を完全網羅した史上初の解説書、『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社、2019年)がある。
Photo by Aiko Suzuki

独自の解釈と意味づけから
新しい気づきが得られた 

編集部:入山先生は本誌で4年近くにわたって『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』に掲載した連載を著書『世界標準の経営理論』にまとめる際に、野中先生のSECIモデルを独立した章にしていますね。

入山:はい、連載時には紙面の制約もあって、同じ「知識」を扱うナレッジ・ベースト・ビュー(※1)という理論とSECIモデルを一緒に紹介しました。それを書籍化の際にSECIモデルに絞って独立させた理由は、3つあります。

 まず、いま思うと連載の時は、自分の中でSECIモデルを十分に理解し切れていませんでした。連載が終わってから野中さんとお話しする機会に恵まれ、自分なりの理解が深まったのです。

 2つ目は、野中さんの近著『直観の経営』(※2)を拝読し、学者としてこれはすごいとあらためて感じたこともあります。

 最後に、私がここ数年の経験でSECIモデルこそが今後は不可欠と確信したことがあります。世界中でいま、イノベーション、デザイン経営、人工知能(AI)と人の付き合い方など、いろいろな方が議論をしていますが、それを聞くたびに、SECIモデルがすでに提示していることだと感じたのです。野中さんの理論はもともと日本企業の現場が強かった1990年代に発表されたものですが、これからの時代こそ圧倒的に重要だと思っています。

野中郁次郎(のなか・いくじろう)
一橋大学名誉教授
カリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネススクール ゼロックス名誉ファカルティ・スカラー

早稲田大学政治経済学部卒業。カリフォルニア大学バークレー校にて経営学博士号(Ph. D)を取得。2002年紫綬褒章、2010年瑞宝中綬章受章。著作に、『組織と市場』(千倉書房、1974年/第17回日経・経済図書文化賞受賞)、『企業進化論』(日本経済新聞社、1985年)、『アメリカ海兵隊』(中公新書、1995年)、『知的機動力の本質』(中央公論新社、2017年)が、また主要な共著に、『失敗の本質』(ダイヤモンド社、1984年)、The Knowledge-Creating Company: How Japanese Companies Create the Dynamics of Innovation, Oxford University Press, 1995.(邦訳『知識創造企業』東洋経済新報社、1996年)、『知識創造の方法論』(東洋経済新報社、2003年)、『流れを経営する』(東洋経済新報社、2010年)、『国家経営の本質』(日本経済新聞出版社、2014年)、『史上最大の決断』(ダイヤモンド社、2014年)、『全員経営』(東洋経済新報社、2015年)、『直観の経営』(KADOKAWA、2019年)、The Wise Company: How Companies Create Continuous Innovation, Oxford University Press, 2019.など多数。 2017年11月、カリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネススクールより、史上5人目、学術研究者としては初めてとなるLifetime Achievement Award(生涯功労賞)を授与される。
Photo by Bunpei Kimura

野中:私自身は入山さんが『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』誌で連載を始めた頃から読んでいました。最初は普通の解説書かと思ったのですが、読んでみると、やけに詳しいんですよね。MBAの世界というより、アカデミックジャーナルの目線で驚きました。ただ、最初の頃は話が難しかった(笑)。入山さんの他の著書のような書きぶりではない。それで、どうなるかなと。

 後から知ったのですが、連載のつど、ビジネスパーソンを集めて勉強会をされたそうですね。その経験も踏まえて、本にする時には半分くらい書き直したとか。その結果、いままでにない新しいジャンルの本になっていると思いました。特に、解説ではなく、自分なりの解釈と未来の展望が示されているのは、欧米のテキストブックにはないオリジナルなスタイルです。入山さんの解釈に触れて、「俺はこんなことを言っていたのか」とわかりました(笑)。

 あと全体で見ると、これとこれが関係あるのかと気づいた部分もありました。提唱した教授陣も逆に参考になると思いますね。

どの理論がSECIモデルと関係が深いと感じましたか。

野中:カール・ワイク(※3)がそうです。スキャニング(感知)から始まって、解釈・意味づけして、エナクトメント(行動・行為)を経て、センスメイキング(納得・腹落ち)する。これは関係あるなと思いました。

 組織の知識創造プロセスであるSECIモデルは、共同化(Socialization)、表出化(Externalization)、連結化(Combination)、内面化(Internalization)と進みます。共同化を起点に、共感を通じて個人の暗黙知から集合知への転換が起こるのですが、内面化の実践の段階で、失敗が起こらないと、反省(リフレクション)もない。そこで腹落ちしないと、もう一度やろうと、次に続かないのです。私はそこを見落としていましたね。

入山:そうおっしゃっていただけるのは嬉しいです。

 実は私もSECIモデルとセンスメイキングはかなり近いと感じています。特に「自他非分離」という考え方が根底にありますよね。SECIモデルは「共感」に注目し、フッサール哲学(※4)と合わせている。ワイクも、自分が客観的であることはありえない。環境に飛び込んで自他非分離になるから、腹落ちすると述べています。