「家族」という言葉が一つもない
和歌山県御坊市が条例に込めた意味

 各条例の中身をよく見ると、まず、「目的」と「基本理念」を掲げ、次に「役割」や「責務」を記しており、形式はよく似ている。ほとんどは「基本的な考え方をまとめた」としており、神戸市のような具体策の表記は異例だ。だが、認知症の当事者に対する目線がどこにあるかで、大きな違いが浮き彫りになる。

 というのも、多くの条例では、「役割」や「責務」を果たす主語は、県や市、事業者、関係機関あるいは県民、市民となっている。「市は、…認知症に関する施策を総合的に推進」(名古屋市、第4条)、「事業者は、……従業員に必要な教育を実施する」(島根県浜田市、第6条)などだ。いずれも、行政や事業者、住民などの目線から認知症の当事者にどのように対応すべきかが記されている。

 だが、和歌山県御坊市の条例だけは、第5条の標題を「認知症の人の役割」とし、認知症の当事者が主語となっている。主役を認知症の当事者に据えた点が他の条例と一線を画す。

認知症,御坊市
10ページに及ぶ御坊市発行のガイドブックには、認知証の本人たち4人が実名、写真入りで堂々と登場している。「失敗しても、忘れても、気にせんでええよ。認知症じゃない人も失敗するんやから。みんな、同じやで」と語る 写真提供:御坊市

 周囲から手助けされる認知症の人は、なかなか自分の思いを言い出せない。周囲も「世話される弱者」としか見ていない。ところがこの第5条の本文では、認知症の人は「自らの希望、思い及び気づいたことを、身近な人、市、関係機関等に発信するものとする」「自らの意思により社会参加及び社会参画する」と堂々と宣言している。この内容は、JDWGが唱える「認知症とともに生きる希望宣言」と重なる。

「家族」の位置づけでも御坊市は特筆に値する。

 名古屋市は条例名を「認知症の人と家族が安心して暮らせるまちづくり条例」と、「認知症の人」と「家族」を併記する。第12条でも「地域社会への参加」「ピアサポート」「認知症カフェ」の推進をうたい、その主語はいずれも「認知症の人および家族」としている。

 愛知県や神戸市、大府市、設楽町、滋賀県草津市の条例本文でも「認知症の人とその家族」「認知症の人および家族」と併記し、「家族の意見」「家族の視点」を尊重すると書かれている。

 ところが御坊市の条例には、「家族」の言葉が一つもない。なぜだろうか。同市では、「本人と家族を並べてしまうと、家族が本人を代弁しがちになる。本人の意思を損なうこともある」とする認知和当事者の考え方を取り入れたという。本人へのこだわりに徹している。この点でも、「自分が人生の主人公」と記すJDWGの「希望宣言」と同じ思いのようだ。