筆者のもとにも「衝撃の発言の瞬間」をとらえた会見の動画が届いた。だが、動画に映り込んでいたのは、一部の記者たちの白けた表情だった。中には、会見内容のメモすら、あるいはパソコンに打ち込むことすらしない記者もいた。

 このときすでに、新型コロナ治療で主導的立場にいた鐘南山氏が専門家グループの組長という地位から降ろされていた。彼は最も早く武漢に乗り込んだ感染症の権威だが、“中医学否定派”で「新型コロナに特効薬はない」と主張していた人物でもある。水面下では西洋医学派と中医学派の激しい綱引きが見て取れる。案の定、人民日報は「特効薬」の3文字を外して報道した。

 一方で、「武漢の医療現場はまさに政治だった」とする声がある。ラジオ・フリー・アジア(RFA)の中国語版は、いくつかの現場の声を拾っている。その一つは「死亡率が依然として下がらなかった一つの要因は、政治主導での中医薬治療を強く推されたため」というもので、最前線にいる医療スタッフからは、官のやり方に不満が出たことを伝えている。

 また、林斌と名乗る医療関係者は、RFAの記事中で次のようにコメントしている。

「これらのやり方は科学の常識に反するという見方もあったが、反対意見を声に出すことはできなかった。官僚も医療の専門知識を持っておらず、たとえ国家衛生健康委員会に専門家がいても、“ビッグボス”には怖くて言えなかった。真実を語れば職を失う。私も微信(ウィーチャット)で2回ほどこの問題を発信したが、その後当局がやって来た」

上海でコロナ死亡者がわずか7人の理由

 興味深い事例がある。上海市は東京都の人口を1000万人も上回る約2430万人もの人口を抱える大都市だが、累計感染者数は645人(4月30日現在)で、死亡数はわずか7人にとどまっているのだ。超巨大都市であるにもかかわらず、感染者や死亡者はなぜこんなにも少ないのだろうか。

 中国を代表する感染症研究者である張文宏氏(復旦大学附属華山医院感染科主任)は、その理由を「迅速な発見、隔離、追跡」だとしている。症状がある患者を早期に隔離し、濃厚接触者についても徹底的に追跡し隔離を行ったという。

 中医薬の貢献もあるという。張氏は4月中旬の会見で、次のように語っている。

「上海では病例の約93%の感染者が中医薬を服用しており、治癒率は約97.5%だった。これは、中医薬と西洋の治療法による中西結合がもたらした結果だ」

 もとより日常の食事や生活習慣の見直しから、自己免疫力を高めるのが中医学の発想だ。薬も長期的な服用が求められ即効性は期待できない。そのため、呼吸悪化など緊急性を伴う場合は、むしろ西洋医学のアプローチが必要となる。だからこそ「中西結合だ」というわけだが、果たして中医薬それ単独での貢献はどれほどのものなのか。

「中医薬は、新型コロナの防疫において確かに大きな働きをしたが、それが中医薬の働きなのか、あるいは西洋医学の働きなのかに分けることは難しい。有名大学に合格した子どもを、お母さんの影響が大きいのか、お父さんの影響が大きいのかを区別するのが難しいのと同じだ」(張氏)

 習氏が思い描く「中医主導の中西結合モデル」には「中華民族の偉大な復興と中国の夢の実現」も絡む。中医薬の力で人々が健康を取り戻せば何よりだが、“政争の具”や “覇権の具”に使われればなおさらその効能も曇ってしまう。