絶対に自分を殺してはならない
その後、座学の研修を受けたのち、新入社員が感想を述べることになりました。
周りの同期たちは「初めて工場を見学させていただいて、タイヤってこうやってできているんだと知ってワクワクしました」「現場のみなさんも頑張っていて、感動しました」などと、当たり障りのないことを話していました。
しかし、司会の工場幹部は、「工場見学を終えて、新入社員の君たちの率直な意見を聞きたい」とおっしゃっていたのです。だから、私は、さきほどの疑問をストレートにぶつけてみました。「率直な意見」を求められたから、そうしたつもりでした。
ところが、笑顔だった工場幹部の顔色がみるみる険しくなっていきました。そして、大激怒。「バカ野郎! お前、新入社員のくせに何言ってるんだ! お前は何もわかってねぇんだ。タイヤ工場とはこういうものだよ。いろいろと理由があるんだよ!」と、ものすごい剣幕で怒鳴りつけられたのです。
あまりの剣幕にあっけにとられました。「率直な意見を聞きたいんじゃなかったのか?」と不満に思いながらも、「入社早々、まずいことになったな……」とイヤな汗が出てきたのを覚えています。
今となれば笑い話ですが、「自分の頭で考えることにはリスクがある」という真理を学ぶ“洗礼”のような体験でした。ただ、その直後に嬉しいこともありました。研修が終わって、工場を立ち去ろうとしていたときに、課長職だった方が私を呼び止め、こう声をかけてくれたのです。
「新入社員であそこまで気づけるのはすごい。実際のところ、それが問題なんだよな。よく考えているね」
私は今でもこの言葉を忘れることができません。自分の頭で考えて、「私はこう思う」と主張すれば、応援してくれる人もいる。そのことに気づかせてもらえた、幸せな経験でもあったのです。
それに、その後、私を怒鳴った工場幹部の気持ちもよくわかるようになりました。業務経験を重ねるなかで、工場現場が抱えている“どうしようもない現実”を知るようになったからです。
新入社員の私でも気づくくらいですから、工場現場でも生産ラインにさまざまな問題があることは当然わかっていました。工場幹部は、それをなんとか解決しようと、日々、問題と格闘していたのです。しかし、なかなか思うようにはいかない。その難しさ、その苛立ちを知りもしない若造に、生意気なことを言われたら、腹が立つのも当然のことだったのです。
ともあれ、私の仕事人生はこうして始まりました。
小恥ずかしい思い出ですが、私にとっては「原点」とも言える出来事のひとつです。
なぜなら、その後も私は、腹の底から納得できるまで、自分の頭で考えることを徹底してきたからです。そして、納得できないときには、率直にそれを伝えました。そうせずにはいられませんでした。会社に雇われている身ではありましたが、だからと言って自分を殺すようなことはしたくなかったからです。
そのため、ときに「バカ」と言われたこともあります。
会議室で吊し上げのような目にあったこともあります。
しかし、だからこそ、40代になってから、「お前はおとなしそうに見えるが、上席の者に対して、事実を曲げずにストレートにものを言う。俺が期待しているのはそこだ」と評価され、社長の参謀役を務めるチャンスにも恵まれました。
組織のなかで「当たり障り」なく生きるのは利口なのかもしれませんし、それは、上司にとっては扱いやすい「部下」であるのかもしれません。しかし、そのような利口さを獲得するために、「自分の頭で考える」ことを放棄し、自分を殺してしまっては、本当の意味で「参謀」として機能することは絶対にできないのです。
【連載バックナンバー】
第1回 https://diamond.jp/articles/-/238450
第2回 https://diamond.jp/articles/-/238449