日本型雇用の「持病」としての
中高年問題

 組織における中高年の不活性化の問題は、日本企業が長年苦しんできた「持病」のようなものだ。働かないおじさん問題を作り出す日本の人事システムの特徴は、「年功序列」や「終身雇用」で説明されることが多いが、正確ではない。この問題に対して最もクリティカルな日本の雇用の特徴は、「出世のチャンスが広く・長く与えられる」ことだ。正規雇用である限り、どの部署に配属されようが、異動を繰り返しながら経験を積み、組織内の等級を上がっていくチャンスが幅広く与えられている。多くの先進国では同じ正規雇用であっても、学歴や経験、職種によって、出世可能性のあるエリートとノンエリートの壁がもっと高い。

 経済学ではこうした昇進の構造は「トーナメント」に例えられてきたが、日本企業のそれは「広くて長いトーナメント表」だ。日本では、担当部長や課長補佐といった「ポスト」を多く作り出し、トーナメントを枝分かれさせ長く続けることで従業員を組織に定着させてきた。ポストがなかったとしても、職能等級というもう1つのハシゴを登ることでモチベーションを保つ。極めて平等主義的であると同時に、競争主義的な仕組みである。「年齢に応じて自動的に昇給する」という意味での単純な年功序列は、すでに多くの企業で見直されてきたが、この仕組み自体はより深いところに温存されている。

 だが、40歳を超えるころ、さすがに昇進のハシゴは細くなり、選抜される社員とそうでない社員に明確に分かれていく。そうすると、選抜から漏れた社員や、昇進が頭打ちになった社員から、「競争に敗れた者」として仕事への意欲を失っていく。仕事そのものへの専門性や、社会的な意味を見いだすことができない限り、モチベーションの源泉が失われてしまいがちだ。

働かないおじさんを糾弾する
「草の根成果主義」

 こうした構造的な要因が認識されないまま、テレワークによって個々人のパフォーマンスの差があらわになったことで、「働かないおじさん」言説が盛り上がる。我々が実施したテレワーク緊急調査においても、テレワーク時の課題として上司の34.9%が「部下の仕事の様子がわからなくなった」と回答した通り、見えてくる成果「以外」の要素が可視化されない(パーソル総合研究所「新型コロナウイルス対策によるテレワークへの影響に関する緊急調査」)

 筆者は、「プロセスの見えない化」と「成果の見える化」が同時に進んだことで、社内や世間でまん延するこうした成果の差への過剰な反応を、「草の根成果主義」と呼んでいる。オリジナルの言い方なのでもう少し説明しよう。