#8あなたの特命取材班(西日本新聞社)

オンラインサロンがもてはやされ、大手メディアもサブスクリプションの採用を始めるなど、現在、メディアの世界には大きな変化の波が押し寄せています。しかしその一方で、読者をつなぎとめておくための日々の運用に疲弊しているメディアも多いのではないでしょうか。一方通行の情報発信メディアから、読者コミュニティとともに成長する双方向型のメディアのあり方を「コミュニティメディア」と名付け、取材していく本連載。『ローカルメディアのつくりかた』などで知られる編集者の影山裕樹さんがレポートします。今回取り上げるのは、西日本新聞社発案の「あなたの特命取材班」。LINEなどを活用し、市民の協力を得ながらボトムアップな記事を多数生み出し、しかも「かんぽ不正販売」報道など社会にも影響を与えているこの取り組みは、まさに双方向型のジャーナリズムを実現しているといえます。マスメディアの存在意義が薄れるなか、なぜ地方紙からこのような画期的な取り組みが生まれたのでしょうか。

「かんぽ不正販売」報道などスクープも。「あなたの特命取材班」とは何か

 購読者数が急速に減りつづけ、苦境にあえぐ新聞業界。特に巨大メディア企業である全国紙各社の経営環境が厳しくなるなか、実は今、地方紙が面白い。空き物件をリノベーションしコワーキングスペースを開き、そこに記者が常駐する「福井新聞まちづくり企画班」や、地元市民が発行するローカルメディアとコラボし、特別企画ページ「ハラカラ」を月一回掲載する秋田魁新報社など、紙面から飛び出して立体的なまちづくりに乗り出す先進的な地方紙が増えてきた。筆者が企画協力した「地域の編集―ローカルメディアのコミュニケーションデザイン」(日本新聞博物館、2019年)ではそんな地方紙各社のユニークな取り組みを一堂に会す機会を得た。

 なかでも報道という新聞の本懐を活かしつつ、これまでのような一方通行の情報発信ではなく、市民の協力を得ながらボトムアップな記事を多数生み出し、双方向の新しいジャーナリズムのあり方を提示しつづける取り組みがある。それが西日本新聞社発案の「あなたの特命取材班」だ。

「あなたの特命取材班(以下、あな特)」は無料通話アプリLINE(ライン)などで記者が読者と直接つながり、市民から寄せられた疑問や要望をもとに取材を行い、紙面とネットで発信する企画だ。2018年元旦からスタートし、約2年半でLINEのフォロワー数は1万6000人に達した。寄せられた調査依頼は1万1千件、掲載された記事は約500本に上る。

 紙面のみならずネットでも公開し、Yahoo!ニュースなどにも配信されるため、全国的に話題になった記事も多数ある。特に有名なのが、「かんぽ不正販売」報道。「あな特」に届いた郵便配達員の一通のメールから始まったブラックな販売ノルマの実態を暴いたスクープ「かもめ~る、販売ノルマに悲痛な声 郵便局員“自腹営業”も SNS普及、苦戦続く」は、瞬く間に全国に広がり、社会問題にまで発展した。

 今年で創刊143年を迎える西日本新聞は、もともとは西南戦争の戦況を知らせる新聞としてスタートした新聞だ。発行エリアは鹿児島県、宮崎県以外の九州で、主に福岡県が中心。そんな典型的な地方紙が、新聞ジャーナリズムの構造転換を促すような画期的な取り組みを全国へと波及させている。NHKの「クローズアップ現代+」で特集が組まれるほど、多くのメディアがその成り行きに注目している。

 自社の商圏である地域に根差し、地域市民とともにコンテンツを生み出し発信するという意味で、以前取り上げた農文協と同様「あな特」もまた、本連載で捉えたい“コミュニティメディア”の輪郭を鮮やかに描き出す取り組みの一つと言えるだろう。

「地方紙×LINE」で見えた新しいジャーナリストの形

「あな特」を生み出した、社会部遊軍キャップ、クロスメディア報道部シニアマネージャーを経て今夏から中国総局長として北京に赴任予定の坂本信博さんは当時を振り返りこう語る。

坂本信博さん(写真提供:西日本新聞社)

「どこの新聞社もそうだと思いますが、弊社でも日々発行部数が減り、地元行政や企業に対する新聞の“迫力”がなくなってしまうことへの危機感が記者の間で広がっていました。報道機関として地域における影響力を失わないためにも、市民に必要とされるメディアでありつづける方法はないか。そんな問題意識から生まれたのがあな特なんです」(坂本さん)

 少子高齢化による読者離れに歯止めをかけるためにも、特に若い世代のニーズをつかむ仕組みが必要だった。ネット時代においてデジタルでも強いコンテンツの必要性も高まっていた。そこで、坂本さんをはじめとした社会部遊軍の記者がデジタル部門を担うグループ会社・西日本新聞メディアラボのWEBエディター、WEBエンジニアたちと議論を交わしつづけた。

 その結果、同紙の往年の名物企画「社会部110番」を、電話の代わりにSNSを使って復活させることに決まった。SNSを利用するにあたっては、若い世代に利用者が多いLINEが最適ではないかとメディアラボのメンバーが提案。後に、LINE東京本社の担当者からLINEをジャーナリズムに活用したのは西日本新聞が初めて、と言われたという。

 ちなみに、「あな特」の原型となった社会部110番は専用電話で読者から困りごとを寄せてもらい、記者が取材に動く読者参加型企画だった。なんだか、みのもんた氏の某番組を彷彿とさせる。そのため、電話を取ると話を聞くのに30分ほどかかることもザラで、そこから本当に記事になるのは30本に1本あるかないか。双方向性を担保するユニークな企画ではあったが、取材効率の悪さは否めなかった。

 その点、LINEや特設サイトなどを利用すると、編集局のほぼすべての記者・デスクに情報が瞬時に共有される。このテクノロジーのメリットを活かし、投稿された調査依頼に対して「やってみたい」という記者からが早い順で返信する「手上げ方式」を「あな特」では採用している。この順番に、新人・ベテランの区別はない。

読者からLINEで「あな特」に寄せられる相談の数々(画像提供:西日本新聞社)