Photo by Toshiaki Usami

 2000年夏、尾上徹はフランス・カンヌで開かれた携帯電話の展示会のブースで右手にカードを握り締め、必死に考えを巡らせていた。

 「自分は実はとても大きな考え違いをしているのかもしれない」

 尾上は当時、ジェーシービー(JCB)で、新型の電子マネー「クイックペイ(QUICPay)」の担当をしていた。カンヌを訪れたのも、カード会社の社員として、この最先端の決済サービスの可能性を探るためだった。

 ただ、そこでたまたま拾った一つのカードが、気になって仕方なかったのだ。カードには「マスターカード」のマークが付いており、クレジットカードのように見えたが、よくよく眺めてみると、磁気式のプリペイドカードだった。

 当時、尾上は電子マネーという新規事業の責任者であることに誇りを持つ一方、一つだけ疑念を抱いていた。電子マネーは、カードが流通しても決済専用の端末が、店舗になければ使用できない仕組みだった。

「電子マネーという先端技術を導入するのはいいが、端末の費用負担はどうするのか」。端末が普及せず、使用できる場所が限られてしまうと利便性は低くなるはずだ。

 そんなときにカンヌで見つけたのが、誰もが使用したことがある、裏に黒い磁気線の入ったプリペイドカードだった。情報を読み取る端末は、多くの店にすでに導入されている。これを用いたプリペイドカードを発行すればいいのではないか。

「最先端のテクノロジーを追いかけていたのが、ばからしくなりました。お店の人は、お客さんに喜んでもらえるツールであれば、何でもいい」

 先端技術にこだわるのではなく、すでに流通しているインフラを活用する。一種の逆転の発想だった。