島のメイン空港であるカフルイ空港からは、車なら380号線(クイヘラニ・ハイウェイ)と30号線(ホノアピイラニ・ハイウェイ)を経由して約45分。タクシー約$90、シャトルバス約$60。公共の交通機関であるマウイ・バスなら空港から35番(ハイク・アイランダー)か40番(アップカントリー・アイランダー)でクイーン・カアフマヌ・センターへ行き、そこから20番(ラハイナ・アイランダー)に乗り換えて、ラハイナのザ・ウォーフ・シネマセンターまで約100分。料金は1乗車$2です。

 島の西部に宿泊するのであれば、カパルア空港が便利です。車なら30号線経由で約15分です。

 なお、マウイ島へは日本からの直行便がないので、オアフ島のダニエル・K・イノウエ国際空港で乗り換えることになります。マウイまでのフライト時間は約35分です。

ラハイナの歴史

マウイ島,ラハイナ
1962年から国立歴史保護区となったラハイナ

 訪れる人を魅了してやまないラハイナ。この町に漂う独特の雰囲気は、港の風情やノルスタルジックな建物はもちろんですが、ハワイ王朝の祖・カメハメハ大王の時代へとさかのぼる、波乱に満ちた町の歴史が醸し出しているといえるでしょう。

●カメハメハ王朝首都時代(1810年~)
 ラハイナがハワイ史に登場するのは1810年。カメハメハ大王がイアオ渓谷の戦に勝利し、カアフマヌ王妃とともにラハイナに居を移したことによります。そして、1819年にカメハメハ大王が亡くなると、この地を故郷とするリホリホがカメハメハ2世として王位を継承、ラハイナを王国の首都としました。その後、オアフ島のホノルルが首都となる1845年まで、ハワイ王朝の中心地として栄えました。

●キリスト教の伝来と近代化の波(19世紀前半)
 1820年、ラハイナが王国の首都になった年、アメリカの捕鯨船が初めてハワイ諸島に来航。その後、半世紀ほどの間、この町はアメリカの捕鯨基地となりました。捕鯨船の往来が盛んになると同時に、アメリカ本土からは宣教師が渡来。彼らは王家の庇護のもと、教会や学校を建設し、英語教育や布教活動を行いました。この影響で、ハワイに西洋文化が急速に流入していきました。

●捕鯨の町・ラハイナ(19世紀半ば)
 ハワイの近代化とともに、ラハイナは捕鯨基地として隆盛を極めます。1846年には400隻以上の船がマウイ島へやって来たといいます。捕鯨船のお目当ては、最良の油が採れるマッコウクジラで、その骨は鯨骨細工にも利用されていました。船が大型化した1850年代が捕鯨産業のピークだったとされています。

●捕鯨産業から砂糖産業へ(19世紀後半)
 1859年にアメリカ本土で石油の採掘が始まると、捕鯨産業は衰退。ラハイナは静かな港町としてハワイ史の表舞台から退くことになります。代わってマウイ島の主要産業となったのがサトウキビ・プランテーション。仕事を求めて世界中からたくさんの移民がやって来ました。

●国立歴史保護地区へ(1962年~)
 1世紀後の1962年、ラハイナは国立歴史保護地区に指定され、注目を浴びるようになります。歴史ある町並みを保存しつつ、自然環境と調和する新しい建築物に力を入れ、この町ならではの独特の雰囲気を創り出すことに成功。ラハイナは観光地として復活したのです。

 王朝時代、捕鯨時代、そして観光の町としてにぎわってきたラハイナ。訪れる人々を魅了してやまない、この町に漂う不可思議な空気は、長い歴史のなかで培われ、その時代を生きた人々によって守られてきたのでしょう。