文芸春秋に入社して2018年に退社するまで40年間。『週刊文春』『文芸春秋』編集長を務め、週刊誌報道の一線に身を置いてきた筆者が語る「あの事件の舞台裏」。今回は、筆者が勤務している女子大学で「マスコミ論」を教えていた際、学生たちによる「芥川賞選考会」を開催したときの経験をお話ししましょう。(元週刊文春編集長、岐阜女子大学副学長 木俣正剛)

女子大で本番さながらに
芥川賞選考会を開催

学生たちによる芥川賞選考会
芥川賞の選考委員は、実作者ではない人が務めてもいいのではないか(写真はイメージです) Photo:PIXTA

 退職前から若い人の感覚が知りたくて、現役編集長でありながら、今勤務している岐阜女子大学で「マスコミ論」を教えていました。この授業で学生たちによる「芥川賞選考会」を開催しています。

 1年生中心の授業なので、正直、純文学を読んでいた子はほとんどいません。候補作を5本も6本も最後まで読むのは、相当つらかっただろうと思います(出版業界の人間でも、候補作を全部読んでいる人間は少ないのです)。しかし、半年の授業が終わると、「あの時間が一番楽しい思い出になった」という学生が多いのです。

 1つの理由は、本番さながら、真剣にやるからです。司会は、実際に選考会の司会をしていた私。最初に「○=1点 △=0.5点 ×=0点」の基準で採点を各自が公表するのも、ホンモノと同じ。生徒に対して司会の私は、「何々先生、○○でございます」と、選考会と同じ調子で進行します。

 だんだん生徒も真剣になってきます。もちろん、本物に比べるまでもないレベルですが、真剣さでは変わりません。そして、結果は……。ほとんど本物の選考会とは違います。五輪のフィギアスケートの審判を小学生がするようなものなのですから、結果をホンモノと比べるなんて失礼千万なのですが、一方でこんなことも感じます。

 フィギュアなら、多分羽生結弦は素人が見ても金メダル。玄人が見ても金メダル。フィギュアスケートでいう技術点のようなものが重視され、「面白い」「感動する」といった素人目線の評価がしにくい空気があるように、感じることがあります。