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現場と経営の対話が
新たな価値を生む

 新中計で人財投資を2.5倍と大幅に増やしたのも、従業員がクリエイティブに食と健康の課題解決に挑戦するためでしょうか。

 その通りです。人財投資に当たっては、「デジタルリテラシー」「栄養・環境リテラシー」それぞれの向上を強く意識しています。

 働き方改革もデジタル技術の活用があってこそ進化してきましたが、それを使いこなしていく我々がもっとデジタルリテラシーを高めていかなければなりません。つまり、これからはビジネスをわかっている人がDXをきちんと理解できないと、新たな価値を生み出すことはできない。それゆえ、全従業員が一定以上のデジタルリテラシーを持っていることがベースとなり、さらに専門スキルを持ったプロフェッショナルが協働していくことで、DXを加速できると思います。マネジメントシステム自体をオペレーショナル・エクセレンスに変えていくためにも、デジタルリテラシー向上のための投資を増やします。

 また、食と健康の課題解決企業を目指し、ESG(環境・社会・ガバナンス)時代を生き抜くうえでも、栄養や環境分野に関する従業員のリテラシーレベルを上げていくことは不可欠です。マネジメントラインだけではなく、みんなが事業運営に直結する一定の栄養・環境リテラシーを持っていることが重要です。

 こうした人財投資は、働き方改革と同様、現場と経営の対話によって新たなソリューションを生み出すためです。これが組織の活性化にもつながります。

「ASV自分ごと化」のためにも、現場と経営の対話が重要だということですね。コロナショックの中でも、対話を続けたと聞きましたが。

 在宅勤務になったため必然的にオンラインミーティングとなりましたが、そのおかげでより多くの従業員と対話する機会が増えました。普段なら、私は得意先との打ち合わせなどで昼間はほとんど会社にいられず、工場や研究所に行こうとすれば移動だけで半日取られてしまいます。しかしコロナ禍で外出自粛となった3月下旬以降、2カ月間でほぼ全組織との直接対話が実現できました。この取材の直前も、90人ほどのメンバーとオンラインでつながり、新中計をどのようにとらえているか、何を期待するかといったヒアリングをしていたんです。

 こうした従業員との対話は、私だけでなく、役員や本部長たちも実施してくれていて、それがあちこちで積み重なった結果、これまで以上に現場とのコミュニケーションができていると感じます。それゆえ、今回の新中計への共感や納得性も高まってきているという手応えもあります。ただし従業員の中には、それをどうやって自分たちが実践していくか、まだ少し逡巡があるようです。ですが、先ほどの働き方改革と同様、現場と経営の目線を合わせることで、ASV自分ごと化へのエンジンがかかり、スピーディなアクションにつながっていくと期待しています。

 人づくり・組織づくりという点では、「ダイバーシティ」は外せません。貴社は女性活躍を大きく掲げ、「2030年までに取締役とマネジャーの女性比率を30%に高める」ことを目標にしています。どのように実現していきますか。

 現在、取締役会9人のうち、女性は2人(社内1、社外1。比率22%)です。ただ私が一番こだわっているのは、事業部長やグループ長などのライン責任者の3割を女性にすることです。現在、約400のポストに対して女性は44人ですから、比率はまだ1割強。専門職の女性マネジャーは増えていますが、事業を担うライン責任者が増えてこないと、取締役会の女性比率をコンスタントに3割以上にすることは、とうていできません。

 また去年の4月から、企業トップの多様性を目指す「30% Club Japan」という経営者の会に参加しているのですが、ここで私は「トリプル30」というスローガンを掲げています。これは2030年の30、取締役の30%、ライン責任者の30%という3つの30という意味があり、これを事前に当社の経営会議で発表して「女性からキャリアで選ばれる会社になろう」と提言したところ、大いに賛同を得ることができました。

 構想通りにいけそうですか。

 一番の懸念は、全社員に対する女性社員の比率自体が28~29%と3割を切っていて、母集団そのものが足りないことです。ですので、このままでは目標達成は相当厳しい。先ほど申し上げた通り、ライン責任者のポストは約400ですから、3割だと120。いまは44なので、3倍にしないといけません。

 そのためには女性の採用に尽力しつつ、女性のライン責任者を増やすためにも、毎年マイルストーンを刻んで着実に前に進んでいくしかありません。その際、特に重視すべきは、経営者みずからによるキャリア面談です。しかも入社直後の若い頃から、キャリア面談を始める必要がある。なぜなら女性は、ライフイベントとキャリアに関する選択肢が広いからです。いろいろな選択肢がある中で、味の素という会社を人生の中にしっかりとビルトインしてもらうためには、入社してすぐのタイミングで動機付けが必要だということがわかってきました。

 そこでいま、女性社員の活躍を加速するための特別施策を策定中です。もちろん女性を特別扱いするわけではなく、ライン責任者に登用する時は男女関係なく公平に評価します。そこでの区別はしませんが、そこに至るまでの女性のチャンスを広げるという意味で、会社が積極的に応援したいと考えています。