問題の本質は
「基本的に独立採算」という考え方

 なぜなら、この問題の本質というか根源は、鉄道事業法にも軌道法にも通底する、「基本的に独立採算」という考え方にあるからである。

 これは事業主体が民間企業であると地方公共団体であることを問わない。もちろん第三セクターであっても国が全株式を保有している会社であっても同様である。

 例えば、どこかの地方公共団体が新たな鉄道や軌道を新設しようということになると、必ず「採算性はどうなんだ」とか「採算性が悪いはずだから反対」という話が出てくる。そんなこと当たり前ではないか、と考えるかもしれないが、それが当たり前ではないのである。

 海外に目を転じてみれば、わが国のように完全に独立採算で鉄道や軌道を運行しているところはほとんどないと言っていいだろう。

 例えばフランスの場合は、必ずと言っていいほど整備段階のみならず運営の段階に至っても公的資金が入れられている。その原資は交通負担金(versement transport)として、当該鉄道等が整備された地域の一定規模以上の事業者から、いわば地方税のように徴収されたもの等であるが、これによって鉄道事業等の収支は「下駄を履く」ことになる。

 そもそも民間企業が設置し、保有し、運営するということはなく、公的主体が設置・保有し、場合によっては民間企業が運営するというのが当たり前であるし、民間事業者が運営する場合でも、乗客の増減によるリスクを民間事業者が全て引き受ける必要がないように、民間事業者は運賃を収入としてなんとかしろではなく、定額の運営委託料プラス乗客が一定以上に増えた場合のボーナスを支払うといった契約や、乗客の著しい減少によって運賃収入が一定以下となった場合にその分を公的主体が補填するといった契約まである。

 では、なぜこうしたことが可能なのかといえば、それは鉄道事業などは公共サービスとして位置付けられているからである(むろん、EU諸国の場合は交通権がEU法によって設けられていることも大きいが)。

 別の言い方をすれば、鉄道などは国民の生活に必要不可欠なインフラであり、これを使った交通サービスは他の公共サービスと同様の公共サービスであって、これに国が強く関わるのは当然である、という考え方が根付いているということである。

「採算性採算性」と呪文のように唱え、収支が悪化した路線や事業者を国や地方公共団体が支援すべきとの話が出ると、すかさず強硬な反対論が出てくるどこかの国とは隔世の感がある。