このままだと、「高負担・低福祉」の東京に嫌気がさして、地方へ移住する人がどっと増えるかもしれない。じつは1970年代の米国・ニューヨーク市でも同じようなことが起きているんだよ。この頃の米国経済は、かなり深刻な経済不振に陥っていたんだ。「市の財政が破たんすれば、大増税が始まるに違いない」と、裕福な人たちがどんどんニューヨークを離れていった。当時の流出人口は約100万人、人口の13%にのぼったと言われている――。

「メイドインジャパン」は海外人材と作れ

 さて、ここまで読んできてどうかな。今、東京や東京近郊に住んでいる人にとっては、なんだか心配になっちゃう話だよね。でも、安心してほしい。こんな最悪のシナリオを回避する方法がちゃんとあるんだ。

 まず、方法その1。「東京の産業構造を変えること」。

 最近、よくニュースで「日本の家電製品やクルマが、韓国製や中国製などに負けている」っていう話を聞くことがあるよね。ちょっと前まで、日本の製品は安くて性能もよく、世界中の人が喜んで買っていた。ところが、今ではアジアのほかの国の製品の方がよく売れていたりする。おかげで、日本の産業は今、あまり元気がないんだ。

「人口減少時代の大都市経済」(松谷明彦著、東洋経済新報社刊、2010年11月発行)
※図表データは発行時点のものです。
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 ちょっと、この図を見てほしい。これは、米国、ドイツ、イギリス、フランス、そして日本の「企業収益率」の変化を時間の経過とともに追ったものだ。ここで言う企業収益率とは、企業が本業でもうけたお金が、GDP(国内で1年間に新しく生みだされた生産物やサービスの金額を合計した額)に対してどのくらいか、という比率を指している。ちょっと難しいけど、要するに「企業元気度」ってことかな。

 わかるかな?90年代以降、日本の企業収益率だけがガックリ減って、なかなか伸びていないよね。欧米先進国はちゃんと回復しているのに……。これってどういうことなんだろう?韓国や中国、インドの製品に負けているのは、日本製品だけっていうこと?

 じつはその通りなんだ。この原因は、戦後の日本が選んだ「直輸入型の生産方式」にある、と私は考えている。戦争が終わって、海外の情報がどっと入ってくると、日本人はあらためて自分たちの技術がずいぶん遅れていたことに気づいた。そこで技術の水準を引き上げるため、大急ぎで欧米先進諸国、中でも米国の生産システムをそのまんま「輸入」したんだ。技術や機械設備、マニュアルもみんなそっくり買い取ってね。

 米国製品そっくりの「メイドインジャパン」製品が大都市で作られるようになると、喜んだのは日本人自身、とくに地方に住む人々だった。なにしろ戦後のことで、モノのない時代だったからね。1950年の日本の地方の人口は5500万人。先進国全体の人口8.1億人のじつに15分の1にあたる市場―商品の買い手―が国内にあった、というのは大都市の製造業者にとっては本当にラッキーだった。別に独自な製品を作り出さなくたって、国際競争なんかしなくたって、どんどんモノが売れていくんだから。しかも幸運なことに、安いメイドインジャパン製品は、国内だけではなく海外でも売れるようになる。