魯夫妻は、他の料理店との差別化を図るために、季節もののちまきや月餅、長江デルタ一帯の出身者に親しまれ「家庭内のファストフード」とも言われるワンタンを外売することにした。その他にも、八宝辣醤(具だくさんの辣醤炒め)、酒醸(甘酒に似たもの)、百頁包肉(中国語で百頁と呼ぶ押し豆腐を使って春巻のように肉を包んだもの。よく中華スープのトッピングに入れる)、糖醋帯魚(揚げ太刀魚の甘酢煮)など、在日中国人の郷愁を誘うようなメニューを開発して外売に投入した。

 その結果、予想外の反響があった。島根や大阪など遠方に住むお客さんからも注文が入ったのだ。できあがった料理を真空パック包装して宅配業者に頼むなど事務仕事はかなり増えたが、経営の危機からは脱出できた。

「百宴香」と同じように外売に力を入れる中華レストランが増えてきた。東京・銀座にある湖北料理のレストラン「珞珈壹号」は、肉ちまき(季節限定メニュー)、豆皮(ライスバーガー)、藕湯(レンコンスープ)などを外売のメイン商品にした。中国のB級グルメである豆皮あたりになると、日本では非常に珍しく、その分お客さんを呼び寄せられる。私がフェイスブックで取り上げると、日本人も在日中国人も「珞珈壹号」を訪ねるようになった。

 余談だが、近年、東京の中華レストランでは、端午の節句や中秋の節句の時期になると、ちまきや月餅などを作って得意客にプレゼントしたり、外売商品として販売したりすることがすでに定着しつつある。自然と味の競争にもなっていて、角煮の豚肉を餡にした「珞珈壹号」の肉ちまきは非常においしかった。端午の節句のある6月に、その肉ちまきは4000個も売れたそうだ。

 東京・新橋駅に近い中華レストラン「上海風情」は、従来の弁当類のテイクアウトを続けると同時に、新商品の開発にも意欲的だ。上海スタイルのシューマイや、「条頭糕」「双醸団」といわれる中国の伝統的な菓子の外売のテスト販売を試みている。

「上海風情」のシューマイ(写真:著者提供)

「条頭糕」は三重県の名物、安永餅に似ており、「双醸団」は1つの団子に2つの餡が入ったものだ。ほぼ半世紀前、私が上海外国語大学に通っていたころ、「条頭糕」と「双醸団」をそれぞれ一つ注文してお粥とともに朝食にすることが多かった。生活基盤を東京に移してからは、上海に帰省したとき数回食べた程度だったが、まさか東京で出合えるとは予想だにしていなかった。これらの点心は故郷の味というだけでなく、甘酸っぱい青春時代の思い出が染みこんだスイーツでもある。

 この店の女性オーナーのサブリナさんは、このほかにも3つ店舗を持っていて、外売でオリジナリティを出すことの重要性を次のように強調している。

「海外から観光客が来られなくなった今、銀座の店などはほとんど稼げなくなっている。外売の個性的な商品を開発することで、上海風情1店の稼ぎでほかの3つの店舗を辛うじて維持している。外売は私たちの生命線なのだ」

 浅草駅の北口に「悦納」という中華系精進料理のレストランがある。旧暦の中秋の節句の前、「悦納」も他の中華レストランと同じように自家製の月餅を作っている。しかし、個性を出すために、敢えて日本でよく見られる小豆餡ではなく、中国で伝統的に人気のある「棗泥」(ナツメ餡)を使う。本場の月餅の味に迫るために、中国でほまれ高い広東月餅を空輸してきて、比較対象にして自家製の棗泥月餅を試作している。同店の経営責任者・川添智弘さんは「まもなく正式に市場に投入することができる。今はプロの方々に試食をお願いし、その品質と味をチェックしているところだ」と説明している。

 5年前に銀座に開店した「四季・陸氏厨房」は伝統的な上海料理の味にこだわる店として、すでに不動の地位を築いている。豚のももの最上部にあたる蹄胖(ティパン)の角煮である「紅焼蹄胖」、醤鴨(ダックの醤油煮)、糖醋小排骨(スペアリブの甘酢煮)、清蒸鮮魚(新鮮な魚の蒸しもの)など名物料理のほかに、日本ではあまり認知されていない中国の旬の野菜を積極的にメニューに取り入れている。たとえば、萵笋(ちしゃ)、莧菜(ヒユ菜)、茭白(マコモタケ)、長豇豆(ジュウロクササゲ)などだ。こうした努力に対する顧客の評価は非常に高く、外売はしっかりと店の経営維持につながっている。オーナーの陸さんが「無敵の女性のファン軍団がついている」と揶揄(やゆ)されるほど、特に味に敏感で消費力が高い女性たちから支持されている。

 私の独断と偏見かもしれないが、麺類がおいしい中華レストランは意外と少ないような気がする。その意味では、四季の麺類は自信をもって勧められる。大排麺(パーコー麺)、陽春麺(何の具も入らないただのスープ麺)、辣肉麺(ラーロ麺。角切りの肉の辛みそ炒めのトッピングを載せた麺)、咸菜肉糸麺(高菜豚肉麺)などどれもおいしい。オーナーの陸鳴さんは、その秘訣を次のように語ってくれた。

 「うちは麺類をいつも4種類常備している。日本人客の好みは中国人のそれと違うので、日本人の口に合うような麺を使って作る。中国人でも出身地によって好みが違う。だから、北方出身かそれとも南方出身なのか、きちんと確認してから麺を作る。さらに注文したメニューによっても、麺の種類は変わる。牛肉麺に使う麺は、具が入らないスープ麺や高菜豚肉麺には向かない」

 顧客の嗜好性にきめ細かく対応することに、苦心している様子が見えてくる。