現代のパンデミックと
経済の密接な関係

 さらに遡れば14歳のとき、初めてのヨーロッパ旅行で偶然出会ったマルコじいさん(今の夫であるベッピーノの祖父)の友人で、イタリア在住のイギリス人社会学者が、「そのうち、中国が世界を席巻するほどの経済力をもつ日がくるから、ビジネスを目論むやつは中国語を今から学んでおいたほうがいい」と周りに話していました。イタリアに来て間もない10代の私には、何でそのイギリス人がイタリアに暮らしながらもやたらと中国を推すのか、さっぱりわかりませんでしたが、彼にはこうなることがわかっていたわけです。

 資金繰りに困った工場が中国人に買収され、北イタリアに“中国の街”ができ始めた頃、確かにイタリア人にも中国への怨嗟のような感情があったのを覚えています。義父の友人で企業を運営しているような人はたいてい「憎たらしいチネーゼめ、奴らに支配されてたまるか」とあからさまに不満と怒りを吐露していました。

 しかし、今回のパンデミックに際して驚いたのは、イタリア国内で「中国に出張に行ったイタリア人が帰国後、会食した相手に最初に感染させた」ことが確認されても、中国に対するネガティブな感情がメディアには見られなかったことです。ましてアメリカと中国のように、戦争を仕掛けそうな勢いでの政府同士の中傷合戦もありません。

 悪感情がないどころか、医療崩壊が起きた後、キューバと並んで中国からも医療団が送られてきたことに、「いやあ、中国からあの人たちが来てくれて本当に助かっているよ」とうちの義父も電話越しに感謝を示していました。「あの人たちは武漢で経験を積んできているから、頼もしいんだ」と、その声はむしろ期待に満ちていました。

 日本でこの話をすると「危ない。イタリアは中国に飲み込まれつつあるのでは」と警鐘を鳴らす人もいます。テレビの報道番組に出てこの件について触れると、皆イタリアの冷静さに驚いていました。

 でも実際、今のイタリアは中国に頼らなければ経済が成り立たないし、もう他に手段がない。そう考えると、今という時代に発生するパンデミックには、経済というものが今までにないレベルで密接に関わっているということを、痛感させられます。

※本稿は、ヤマザキマリ『たちどまって考える』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです