グラビティの力

 経済危機で苦しんでいる欧州の学者から、次のように言われたことがある。

「日本国内では将来に対する悲観論が蔓延しているようだが、それはおかしい。アジアはこれから、世界で最も高い成長を実現するだろう。欧州がアジアの成長の恩恵を受けるためには、わざわざそこまで出て行く必要がある。日本は、そのアジアの中にある」

 この欧州の学者の指摘は重要である。「距離」の重要性を指摘しているからだ。

 国際経済学の重要な考え方に「グラビティ・モデル(gravity model)」というものがある。オランダの経済学者のヤン・ティンバーゲンが50年ほど前に提起した考え方である。ティンバーゲンはその後、第1回のノーベル経済学賞を受賞している。

 グラビティの考え方は、物理学の引力の法則を借用したものだ。二つの物質の間に働く引力は、距離に反比例し、そして質量に比例する。つまり近いものほど引っぱり合う力が強くなり、そして重い物質ほど強く引き合う。これが物理学の引力の法則だ。

 二国間の貿易にも同様の関係が見られる。距離が近い国のあいだの貿易額のほうが、距離が遠い国のあいだの貿易額よりも大きくなる傾向が強い。そして、大きな国のあいだの貿易のほうが、小さな国のあいだの貿易よりも大きい。

 当たり前のことのように見えるが、ティンバーゲンはデータでこれが見事に当てはまることを明らかにした。それから50年、さまざまな経済学者によって、さまざまな国のデータを使ってグラビティ・モデルの検証が行われてきた。実によく当てはまるモデルであり、国際経済学では基本的な考え方として定着している。