気をつけるべきこと──「はかない」ゆえの喜びを感じる

「花が大好き!」という人が気をつけるべき1つのことイングリッド・フェテル・リー
ニューヨークの名門芸術大学プラット・インスティテュートでインダストリアル・デザインの修士号を取得。世界的イノベーションファームIDEOのニューヨークオフィスのデザインディレクターを務め、現在はフェロー。8年を投じた研究により「喜び」を生む法則を明らかにした『Joyful 感性を磨く本』は世界20ヵ国で刊行が決まるベストセラーとなった。
Photo by Olivia Rae James

 だが季節の楽しみは、湧き上がるような喜びになりうる一方で、その根底にはほろ苦さもある。「桜の花を見ると、うれしいとともに寂しくなるんです」と、アヤさんという若い女性が、満開の桜を見上げながらしみじみと言った。

 桜の繊細な花は、開花とほぼ同時に花びらを落とし始める。西洋の視点からすると、そのせいで喜びが減るようにも思われるが、日本人にとってはかえって喜びが増すのだ。

 日本語には「もののあはれ」という、英語に訳すのが難しいがおおまかに「茫洋とした寂しさ」を表す言い回しがあり、何かのはかなさを意識することで感じる切ない喜びを表すために用いられる。

 そこから、喜びの大きさは、その後まもなく訪れる喪失の大きさに比例しているという、不思議な意識が生まれる。

 西洋では、そうしたつかの間の喜びは敬遠されがちだ。フラワーデザイナーのサラ・ライハネンのスタジオを訪れたときに、彼女が言っていたことを思い出した。

「花屋がいちばんよく聞かれるのは、『この花はどれくらいもちますか?』ということね」と彼女は言い、質問の意図はわかっているが苛立ちを隠せないというかのように、肩をすくめた。

「花が最も美しい姿を見せてくれる時期はとても短いことがある──野から摘んできたガーデンローズのように。なぜそんなにはかないかといえば、酔わせる香りをつくるのに全力を注ぎ込むから。だからキッチンテーブルで24時間ももたない。でもその花の香りをかぐことのできる24時間は、ほんとうにすばらしいものよ」

 喜びを持続させようと手を尽くすことが、かえって喜びを弱めることがある。たとえば、香りを高めるために交配してつくられた短命の品種よりも、長持ちするよう遺伝子操作された品種を選ぶ場合がそうだ。

 だが日本人は愛する季節のはかなさを避けるどころか、むしろ積極的に楽しんでいる。

 東京をはじめ日本全国に植えられた桜の大多数が、ソメイヨシノというたった一つの品種だと知って驚いた。この一つの品種の木だけを植えるという決定によって、日本人は一斉に美しく咲き誇る景観を生み出した。多様な品種の続けざまの開花ではなく、たった一度の満開の眺めによって、春の到来を知るのだ。

 また、始まりが一斉に来るということは、終わりも一斉に来るということだ。私が日本に滞在している間に花は色を濃くしていったが、これは花が散る準備をしているしるしで、風が強まると無数の花びらが吹雪のように乱れ散った。

 日本人はこれを花吹雪と呼ぶ。花びらは道端に小さな山をつくり、車が通り過ぎるたび巻き上げられ、川面に紙吹雪のように浮かんだ。

 人々はふだんの生活に戻る時間が来たことを知り、足取りを速めた。だが花吹雪の中を急ぐ彼らには、次に来るべき開花がもたらす喜びを心待ちにする様子が、かすかだが見える気がした。

(本稿は、イングリッド・フェテル・リー著『Joyful 感性を磨く本』からの抜粋です)