300億円規模のファンドを運用する、若手NO.1ベンチャーキャピタリスト・佐俣アンリ。新刊『僕は君の「熱」に投資しよう』(以下、『熱投』)は、起業家をはじめ「何かやってみたい」とくすぶっている人を焚きつけ、熱くし続けている。
一方、対談相手のYJキャピタル代表取締役社長・堀新一郎氏は、『STARTUP 優れた起業家は何を考え、どう行動したか』(以下、『STARTUP』)を今年5月に上梓し、「起業に関わるすべての人におすすめ」と多くの人から絶賛を受けている。
二人の対談の後半では、VCの仕事の真実と魅力に迫る。数々のベンチャー企業を成功に導いてきた「天才キャピタリスト」ふたりが合意するのは、「VCの仕事に天才はいらない」。起業に関心がある人、投資家志望の人、そしてすべての若者にお読みいただきたい。(構成/森旭彦)
投資とは、支援の哲学である
──『熱投』に込められたミッションは、ベンチャーキャピタリストを増やし、日本でイノベーションを起こしまくるということだと思いますが、ベンチャーキャピタリストって、どうすれば増えていくのでしょうか?
堀新一郎(以下、堀) 目指す人を増やすという点では、ベンチャーキャピタルのロールモデルが多様化するといいと感じますね。どうもベンチャーキャピタルは、イチローみたいな天才がやるイメージが先行していて、それが門を狭めている印象です。
実際のベンチャーキャピタリストの仕事はもっと泥臭い。『STARTUP』にも書きましたが、たとえば「ヤプリ」という会社をシードから支援していましたが、実際僕が何か事業を著しく変えるようなアドバイスをしたことはありません。シード期は創業者3人で狭いワンルームマンションで毎日顔を合わせていたんですけど会話も少なく、しょっちゅう喧嘩をしていました。そこで僕がやった支援って、毎月ひとりずつをランチに呼び出して、数時間、他の二人の愚痴をひたすら聞くということでした。
ベンチャーキャピタリスト
1984年生まれ。慶應義塾大学卒業後、カバン持ちとして飛び込んだEast Venturesを経て、2012年に27歳でベンチャーキャピタル「ANRI」を設立し、代表パートナーに就任。主にインターネットとディープテック領域の約120社に投資している。VCの頂点を目指し、シードファンドとして日本最大となる300億円のファンドを運営する。著書『僕は君の「熱」に投資しよう』。ツイッターは@Anrit
佐俣アンリ(以下、佐俣) あるなあ、そういうの(笑)。
堀 シリーズAになるとグロービス・キャピタル・ パートナーズの今野穣さん、セールスフォースベンチャーズの浅田慎二さん(現One Capital代表)、個人投資家兼DeNA顧問の川田尚吾さんに入ってもらったんです。
で、僕はというとすごい戦略を考えたりお客さんを紹介したりとかすると思うじゃないですか。しかし実際は相変わらず、みんなが落ち込んだときや仲悪くなったときだけ、川田さんたちに「堀さん、出番」って呼び出され、「わかりました。じゃあちょっとメシに連れていきますね」と出動する。
これが僕のやっていた支援のすべてでした。実はあんまり表に出ない話なんですが、何が真の起業家の支援になるのかって案外難しいテーマなんですよね。
佐俣 ベンチャーキャピタリストを目指している人で勘違いしがちなのは「自分が言ったことすべてが起業家にとってプラスになる」というところなんですよ。実はベンチャーキャピタリストが言うことって、けっこう起業家にとっては邪魔なことが多いんです。
堀 そうなんですよね。川田さんは年長者で、DeNAの共同創業者ですから、いわゆる大御所です。彼が言うことは起業家は聞くんですよ。僕やベンチャーキャピタルの人が言うと「投資家の人がなんかギャーギャー言ってる」ってなる。
「ベンチャーキャピタルに転職してハンズオン(投資先企業の経営に参画すること)やりたいんです」っていう人いるんですけど、ベンチャーキャピタルの仕事の醍醐味って「ハンズオンしなくていい社長を見つけてそこに投資するのが一番」みたいなのが実際あったりするんですよね。
佐俣 まさに。この前、僕の師匠の松山太河さんがツイートしてたんですが、「投資先で本当に伸びる会社を見るといつもありがたい、むしろ申し訳ないとすら思う」って。これだよなーと思いました。そんな感じありませんか?「手伝えてなくて申し訳ないな」と思いながら、「ありがたやありがたや」って。
YJキャピタル株式会社代表取締役
慶應義塾大学(SFC)卒業。Slerを経て、(株)ドリームインキュベータにて経営コンサルティング及び投資活動に従事。2007年より5年半、ベトナムに駐在。ベトナム法人立ち上げ後、ベトナム現地企業向けファンド業務に携わる。2013年よりヤフー(株)に入社しM&A業務に従事。2013年7月よりYJキャピタルへ参画。2015年1月COO就任、2016年11月より現職。日本を中心に総額465億円のファンドを運用。ファンド累計出資社数は100社超。東南アジアでは250百万ドルのEV Growth FundをEast VenturesとSinarmasと共同で運用。 Code Republicアドバイザー、ソフトバンク(株)のグループ内新規事業開発・投資会社であるSBイノベンチャー(株)取締役、EV Growth Fundのパートナー兼務。著書に『STARTUP 優れた起業家は何を考え、どう行動したか』(琴坂将広、井上大智との共著)がある。
堀 このあいだ堀江さんに「ごめんね、なにもしてなくて」って言ったら、「いいです。堀さんは」って。「とりあえず僕がお金持ちになったときにキャンプとかに行きたいので、どういうキャンプ場やグッズがいいのか、それをとにかく調べておいてください」って言われて。「お、おお。まかしといて」みたいな。
佐俣 ひどい(笑)。
堀 「事業は任せておいてください」みたいな感じでコミュニケーションされてます(笑)。
佐俣 この前『熱投』を読んで手書きの長文の手紙を送ってきてくれた人がいて、会って聞いてみると「ベンチャーキャピタルに行きたい」と。それで僕が伝えたのは、「君が思っているほど、この仕事は何もすることないよ」という話をしたんです。
堀 (笑)。
佐俣 「君が熱い気持ちをもって支援したいと思ったものが、そのまま君の手応えになるようなことになるとは限らない」と。案外はかない仕事じゃないですか。僕が独立する前に太河さんが言ってくれたんですが、「起業家が成功したときにお前の投資をほめてくれる人は誰もいない。究極的には自分で自分をほめるしかないんだ、この仕事は」と。それぐらいの気持ちじゃないとこの仕事はやれないよ、ということを伝えました。
起業家は自分が主役になれるし、プライベート・エクイティの多くは議決権を100%持っているから「自分がやった!」って言いやすいじゃないですか。ガバナンスも取締役としての責任もすべて自分にくる。でもベンチャーキャピタリストにはその部分がないので、スタート地点で「自分がやった!」みたいなことに対する諦めがないと難しいんです(笑)。
堀 勘違いしちゃいけないな、というのはすごく共感しますね。時間に遅れるとか、社会人としてのマナーがおかしかったり、気づくと社員がどんどんやめていくみたいな状況でもないかぎりは、基本的には伸び伸びと仕事してもらえるように伴走するのが一番ですね。
佐俣 いわゆる天才や、主役願望が強い人には最も向かない仕事です。