一般的に、うまくいっている会社の後継者は前社長の路線を引き継ぐと言い、うまくいっていない会社の後継者は前社長の路線を否定する。日本の場合、前社長が次の社長を選ぶので、うまくいっていなくても前社長の路線を継承すると言う場合が多かった。銀行の不良債権問題を考えれば明らかだが、それでうまくいくはずはない。

 しかし、うまくいっているものを無理に変える必要はなく、不十分なところは修正すれば良い。菅氏が、日本のデジタル化が遅れていることや携帯料金の高さに言及したのは、直してほしいと国民が思っていることが明らかだからだ。しかも、菅氏のこれまでの実績から、現実に直せそうだと人々が思うようなことを言った。

 現実に起きていることと、国民が直して欲しいことを把握している人に票が集まるのは、当然のことだったのではないか。なぜか日本では、財政破綻とか、金融緩和でハイパーインフレになるとか、起きていないことを指摘することが知性のあることと思っている人が多いようだ。筆者は、岸田氏と石破氏は、そのような日本独特の文化に惑わされたのではないかと思う。しかし、自民党員とは、現実的で地に足の着いた人々なのだから、そんなものに惑わされて党員からの票が集まるはずはない。

起きていないことを批判する日本の文化

 古い話で申し訳ないが、2019年11月17日のNHKニュース「アベノミクスの総括」でも、このような独特の日本文化による報道があった。

 これによると、アベノミクスは、(1)実質可処分所得が増えていないこと、(2)上位所得者の所得が増え、中位が増えていないことが限界というのである。しかし、そんな事実はない。

 まず、(1)から見てみよう。図1は名目と実質の可処分所得を見たものである。

 実質可処分所得は14年の消費税増税で低下した後、18年度まで順調に増加している。しかもこれは、14年度に5%から8%に引き上げられた消費税増税と、04年9月の13.93%から17年9月の18.30%まで年に0.354%ずつ引き上げられてきた年金保険料のマイナスの影響がある。そのハンディの中でも実質可処分所得が増えていたのである。このようなハンディを背負ったのは、マスコミが消費増税をすべきだとあおったからだ。

 ただし、これは「働く人×1人当たりの可処分所得」で見たものであるが、働く人1人当たりでは名目はわずかな上昇にとどまり、実質では低下している。これは、新たに働き出した人が短時間のパートであることが多く、平均すると1人当たりの年間所得が低下してしまうからである。しかし、より多くの人が働くことによって、可処分所得全体、あるいは人口1人当たりの可処分所得は増加している。これは所得が増えているというべきではないか。