マッチング理論とボーナスの支払い
たとえば新入社員を社内の部署に配属する問題にゲーム理論が使える。新入社員に希望部署を書いてもらいそれを元に人事部が配属先を決めるとすると、希望を書く際に新入社員同士で読み合いが生まれる可能性がある。自分の希望部署に他の大勢が希望を出す場合、そこに配属されないリスクがあるかもしれないからだ。
この状況をゲーム理論を使って分析すると、うまい配属方法が編み出される(ことがある)。これはマッチング理論と呼ばれる、ゲーム理論家が多く活躍する分野の問題だ。2012年にはこの理論の有用性が称えられ、ノーベル経済学賞が授与された。
複数の社員の仕事の成果に応じてどの程度ボーナスを支払うべきかという問題も、社員同士で努力量を調整し合う状況をゲーム理論を使って分析すると、解ける。これは契約理論と呼ばれる、またしてもゲーム理論家が多く活躍する分野の問題だ。この分野にも、2016年にノーベル経済学賞が授与された。
このように、ビジネスの現場では、ゲーム理論がそこかしこに隠れている。しかし、「ビジネスでゲーム理論が役立ちます」と言われても、それぞれの問題で具体的にどのようにゲーム理論を使えばいいのか、分からないという方が多いのではないだろうか。
実際、具体的なゲーム理論の利用法は、コンサルティングの依頼を受けた専門家がそれぞれの問題ごとに頭を捻らせて考える類の問題である。
ゲーム理論が役立つ状況とは?
では、専門家でない方がビジネスにおいてゲーム理論を役立てるには、どうすればよいだろうか。そのためには、自社の置かれた状況が「ゲーム理論が役立つ状況か」を見極める目を養うことが肝要であろう。
読み合いの結果何が起きるかを考えなければならない状況に自社が置かれていることに気づけなければ、ゲーム理論の専門家にコンサルティングを依頼しようという発想すら出てこない。
専門家にコンサルティングを依頼しないにしても、自社の関わる市場で読み合いが存在するのか、これを見抜くだけで戦略立案やその評価の仕方がガラッと変わるだろう。試しに、あなたが現在仕事で関わっている事案に関係する意思決定主体が何人いるか、考えてみてほしい。もし答えが「2人以上」なら、その事案はれっきとしたゲーム理論で扱うべき状況だ。「2人以上の意思決定問題」を分析するのがゲーム理論なのだから。
私は本稿の冒頭で、「ゲーム理論の役立ち方には2種類ある」と述べた。第一の「役立ち方」は「実際に目に見える形で役に立つ」というものだった。次に、第二の役立ち方について説明しよう。これは、「ゲーム理論の思考法が日々知らず知らずのうちに役立っている」というものだ。何も、企業の利潤を高めることだけが「役立つ」ことの定義ではない。我々の日常生活における意思決定の一つ一つをより多方面から見つめ直してより良いものにするための視点を得るということも、十分「役立つ」ことに入ると私は思う。
「多方面から見つめ直す」「視点を得る」というのは曖昧な概念だが、ゲーム理論の強みは、これらの背景に数学に裏付けされた確固たる理論があるということだ。
「なぜあの人はあのような行動をとったのだろうか」といった身近な問題から、「なぜあの国はあのような政策をとったのだろうか」という時事問題に至るまで、意思決定者の思考の裏を読み解くのにゲーム理論のセンスが役立つ。そしてそれが、自分自身のより良き意思決定の助けになる。さらに、そのように磨かれたセンスがまた、ビジネスでの戦略判断にも役立つだろう。
ゲーム理論は、2人以上の意思決定者がいるときに何が起きるかを予測する理論だ。どんな社会でも、そこにはたいてい2人以上の意思決定者がいる。だから、ゲーム理論は社会の中での意思決定を分析する学問である、と言ってもいいだろう。
そんなゲーム理論の思考法を身につけるのは、複雑な社会を生き抜く現代のビジネスパーソンには、必須のことだろう。