この前提をもとに、松尾芭蕉のすごさに関する分析に進もう。日本にはもともと貴族が詠んでいた「和歌」がある。俳諧は和歌のターゲットを変え、ふざけた要素を加えてアップデートしたものである。芭蕉はさらに、この俳諧に「侘び」「寂び」をとり入れてアップグレードした。つまり、芭蕉のすごさは「まず新しくした後に、質を高めた」ところにあるといえる。一方、既存顧客(貴族)に過剰適応した和歌は、新しいターゲット(庶民)に展開していくのが難しかった。先に質を上げると、「イノベーションのジレンマ」に陥ってしまう。既存の市場に順応し過ぎた結果、新参者の「質が低いが新しいもの」に駆逐されてしまうのだ。そのため、まずは質にこだわらず、一回新しくした後に質を高める。これこそが、私たちが芭蕉から学べるThink Differentの鉄則である。

◆考えるということ 安宅和人(あたかかずと)
◇思考の核心

 ここからは、「全く異なる複数の分野で、何度も創造性を発揮している日本の達人」とともに、「創造的に考えるとは何か」を考察していく。ポイントは、「全く異なる複数分野」である。1つの分野だけなら、才能や偶然の産物かもしれない。しかし複数となれば、その背景に何かしらのスタイル(方法論)があるはずだ。本要約では、本書に登場する5名のうち2名を取り上げる。

 まずは、慶應義塾大学環境情報学部教授、ヤフーCSOで脳神経科学者の安宅和人氏。安宅氏は、思考とは「入力(インプット)を出力(アウトプット)につなげること」だという。入力と出力をつなぐ能力が「知性」である。

 生物もコンピューターも、情報処理システムは基本的に入力(情報収集)、処理、出力の3つで構成される。処理はさらに、「川上→川中→川下」の3つに分けられる。

 川上は見る、聞くなどの感覚を含めた知覚対象についての理解を意味する。川下は問いの設定、デザイン、プレゼンなどの知的活動そのものに当たる。そして川中は、川上の情報を統合し、美しさやバランス、環境全体の理解など、メタ化した意味合いを得ていくプロセスとなる。中でも川上と川中に当たる、様々な情報を統合して対象の意味を理解する「知覚」こそが、思考の核心であるというのが安宅氏の見解だ。

◇知覚されたインプット

 脳内にある情報処理機構は、一部のサポート組織を除き「神経同士のつながり」のみである。コンピューターにあるようなメモリーやストレージがない。つまり、情報処理と記憶保持が分化していないのだ。