AIがあらゆる職場に浸透する日も遠くないかもしれません。そんな時代に、私たちに何よりも必要とされるのが「自分の頭で考える力」です。ベストセラー『地頭力を鍛える』で知られる細谷功氏が、主に若い世代に向けて「自分の頭で考える」とはどういうことかについて解説した最新刊『考える練習帳』。本連載では、同書のエッセンスをベースに、「自分の頭で考える」ことの大切さとそのポイントを、複眼の視点でわかりやすく解説していきます。

考えるとは 「3つの領域」を意識すること

 本連載に共通するものの見方として、「3つの領域」という考え方を示します(この考え方を有名にしたのはラムズフェルド元米国務長官です)。

 既に紹介した「考えること憲法の前文」とも言える「無知の知」を普段から自覚するうえでも、重要なものの見方です。この「3つの領域」をシンプルに示したものが以下の図です。

考えるとは 「3つの領域」を意識すること

 これは、私たちの身の回りの事実や出来事、あるいは、ものの見方といったものを「それを知っているかどうか」で分けたものです。

 単純に考えると「知っていること」と「知らないこと」の2択になりそうな気がしますが、それを少しだけ違う観点から分けている結果、3つになっているところがポイントです。

 それは「知らないこと」をさらに2つに分けて、「知らないと知っていること」と「知らないことすら知らないこと」に分類したことです。

 では、3つを順番に見ていきましょう。

 (1)「知っていると知っていること」

 まず中心にあるのは、いわゆる知識、つまり「知っていること」、さらに言えば「知っていると知っていること」です。

 言語で言えば、個々の単語の意味であったり、学生時代に一生懸命に暗記した歴史上の出来事や世界地理、元素記号等がこれに相当します。

 あるいは、そのような単なる断片的な知識のみならず、車はなぜ動くのかとか、どうすれば美味しい料理ができるかといった、いわゆるノウハウもここに属すると言っていいでしょう。この領域については、最もイメージしやすいのではないかと思います。

(2)「知らないと知っていること」

 続く二番目が「知らないこと」のうちの1つ目、「知らないと知っていること」です。通常、私たちが「知らない」というときには、このことを言うことが大部分であるかと思います。

 たとえば、自分は専門以外のことはよく知らないとか、海外のことはよくわからないといった具合です。このような知らないことを調べるために、私たちはインターネットで検索をしたり、よく知っていそうな人に聞いたりといった行動をとります。したがって、このように「知識を得る」というのは、「二番目の領域」を「一番目の領域」に変えていくことです。

(3)「知らないことすら知らないこと」

 ところが、実は「考える」ことを意識するうえで重要なのは、この領域のさらに外側、三番目の「知らないことすら知らないこと」、未知の未知という領域なのです。

 ここが先の「無知の知」の概念とつながります。

 「無知の知」の実践とは、自分は知らないことすら知らないことや、気づいていないことすら気づいていない、そのような膨大な領域があるということを意識しておくことなのです。先の知識との比較で言えば、考えるというのは「三番目の領域」を「二番目の領域」に変えていくことをも意味します。

 人は、ついついここでいう三番目の領域を忘れがちです。するとどうなるかと言えば、自分が全く想定していないものや理解できないことを経験したときに、それを否定にかかります。いわゆる「頭が固い人」です。これは知識がない「無知の人」よりは、むしろ知識を多く身につけた「専門家」に見られる傾向です。ここでも知識と思考が相矛盾する逆方向のものであることがわかります。

 ここまで紹介してきた「3つの領域」の話を、私たちが行っている日々の問題解決と結びつけてみましょう。

 「問題解決」といっても難しいことではありません。私たちの日常生活は、問題解決の連続です。どの服をいくらでいつ買おうかと考えた後に、ある意思決定をする、これも問題解決ですし、友人や知人からの誤解を解くのも問題解決。

 仕事で言えば、売上を上げたり、お客様の満足度を上げたりするにはどうすればいいか考えて、何らかの施策を打つのも問題解決です。

 私たちの身の回りの事象を「問題があるか?」「答えがあるか?」の2つの観点で「Yes/No」を3つの領域に分けて対応させると下図のようになります。

 

考えるとは 「3つの領域」を意識すること

 

 すなわち、いわゆる知識に相当する「一番目」の領域とは「問題も答えもある」領域、二番目の「知らないと知っている」領域は「問題はあるが答えはない」領域で、三番目の「知らないことすら知らない」領域というのは「問題すらも見えていない」領域のことです。

 問題解決のプロセスというのは、まず問題が発見されて定義され、その後にそれが解決されて知識になるという手順を踏みます。

 ですから、(3)→(2)の流れがいわゆる問題発見で、(2)→(1)の流れが(狭い意味での)問題解決ということになります。

人間がやるべきことは問題発見の分野

 最近のAIの動き、たとえば人間の名人を負かしたアルファ碁の事例をみていると、従来は一番目の領域を着実にこなすのがミッションだった機械が、かなり二番目の領域にまで入ってきていることを思い知らされます。

 したがって、人間がやるべきところは(3)を(2)に変える、つまり問題発見の分野ということになり、これがまさに本連載のテーマである「考える」ということの主戦場になっていくのです。

 要は、問題解決を川上から川下へという川の流れにたとえれば、川下の仕事から順々に機械化やAI化が進み、人間ならではの仕事は、川上の仕事に限られていくことになるでしょう。ここで必要な力がまさに(知識量ではなく)自ら考える力ということになるのです。

細谷 功(ほそや・いさお)
ビジネスコンサルタント、著述家
1964年、神奈川県生まれ。東京大学工学部を卒業。東芝を経て、日本アーンスト&ヤングコンサルティング(株式会社クニエの前身)に入社。
2012年より同社コンサルティングフェローに。ビジネスコンサルティングのみならず、問題解決や思考に関する講演やセミナーを国内外の企業や各種団体、大学などに対して実施している。
著書に『地頭力を鍛える』『まんがでわかる 地頭力を鍛える』(以上、東洋経済新報社)、『「Why型思考法」が仕事を変える』(PHPビジネス新書)、『やわらかい頭の作り方』(筑摩書房)などがある。

※次回は、11月17日(金)に掲載予定です。