第2次安倍政権発足以降、日本銀行は超低金利政策と長期国債の大量購入などの異次元金融緩和に踏み込んだ。それを背景に、安倍政権は追加財政を繰り返した。その結果、低採算の企業やプロジェクトが増え、日本の生産性上昇率や潜在成長率は低下し、実質賃金は低迷した。日本人は豊かになれなかった。特集『アベノミクス 継承に値するのか』の#11では、超低金利と財政拡張が潜在成長率低下をもたらしたメカニズム、そのデメリットを回避する方策について、BNPパリバ証券チーフエコノミストの河野龍太郎氏に聞いた。(ダイヤモンド編集部編集委員 竹田孝洋)
リーマンショック前の
ピークに及ばない潜在成長率
――アベノミクスの7年8カ月で日本人は豊かになったのでしょうか。
あまり豊かになったとはいえない。潜在成長率が上昇していない。潜在成長率は、リーマンショック時の2008年、09年にゼロ近傍にまで低下した。その後持ち直すが、ピークの15年前後でもリーマン前の2000年代前半の1%弱の水準を回復していない。現在は0.5%前後だ。
14~15年以降、高齢者、女性、外国人が労働市場に入ってきた。このことは潜在成長率の構成要素の一つである労働投入にプラス要因だ。しかし、同じく構成要素の一つである全要素生産性は10年前後の1%から低下が続き、今は0.2~0.3%だ。
ほぼ完全雇用の状態にあった18年においても、国と地方のプライマリーバランス(基礎的財政収支)の対GDP(国内総生産)比率は、マイナス2%。逆の面から言うと、財政赤字なしには完全雇用を維持できないということだ。
物価上昇率も政府と日本銀行が共同声明で掲げた目標の2%に届いていない。デフレ脱却も、財政健全化もできず、潜在成長率も低下したままというのが、アベノミクスの結果だ。
――7年8カ月の実績に見るべきものはなかったということですね。
景気回復を続け、完全雇用を維持したという点では大いに評価される。ただ、完全雇用を達成した後に進むべき道に向かわなかった。多くの人は、当初のアベノミクスの3本の矢のうち、第1の矢である金融緩和と第2の矢である財政政策に頼り、第3の矢である成長戦略は遅々として進まなかったという。私は成長戦略については少し言い方を変えた方がいいと思っている。
成長戦略、規制緩和がなかなか進まなかったことは事実だが、反成長戦略が講じられたわけではない。規制が強化されたわけでもない。それなのになぜ潜在成長率が低下したのか。
私は、完全雇用下の人手不足が顕在化している状態で財政出動を繰り返したこと、超金融緩和を固定してしまったことの弊害として生産性上昇率や潜在成長率が低下を続けたと考えている。
不況時に財政政策で総需要不足を補うことは大事だが、完全雇用を達成した後は、労働力を含めた資源配分の効率を高め、生産性を上昇させることが重要になってくる。経済が完全雇用であれば、収益力の低い企業が淘汰されても人手不足なのだから失業問題は発生しない。収益力が高い企業へと労働力が移動するからだ。そうすることで生産性も上昇する。
しかし、16年に消費税率の引き上げを先送りしたときに、リーマンショックが再来するといって大規模な財政出動をしてしまったように、景気拡大期にも追加の財政出動を繰り返した。景気の先行きに懸念がないときも、赤字国債を増発しないから問題ないとの理由をつけ、増えた税収を財政支出に回し続けてきた。
その結果、金融緩和や追加財政がなければ生き残れないような低収益の企業や低採算のプロジェクトを増やしてしまった。目先の景気拡大の長期化を優先し、金融緩和や追加財政を続けたことが潜在成長率を低下させた。