The Landa beach in Cyprus Photo:PIXTA

ジャーナリストの勘、中国人の追跡調査

 しばらく前、中国のSNS、ウィーチャット(微信)で、キプロス共和国に帰化した喜びを伝える中国人経営者の投稿を読んだ。グローバル経済の時代でもあるし、これだけ海外旅行に出ている中国人がいるので、どこかの国に移住したくなり、その国に帰化した人がいてもまったくおかしくない。しかし、その喜びぶりに、どこか腑に落ちないものがあると感じた。

 考えてみれば、これまで、こうしたささやかなことから追跡調査を行い、のちにある程度の成果または作品として実を結んだことが、結構あった。

 たとえば、1990年代初期、オーストリアの首都ウィーンから送られてきた雑誌に掲載されていたとある記事に目を奪われた。ハンガリーに中国人が大挙して入国したことを報道した短い記事だった。当時の中国では、出国ブームに沸いていた。しかし、それはアメリカ、日本などいわゆる先進国を目指しての出国だった。だから、たとえ出稼ぎ目的の外国行きであっても、ヨーロッパを選ぶなら、賃金収入が高いドイツやフランスなどに代表される西ヨーロッパへ向かうべきだと思っていた。そうではないハンガリーへ旅路を急ぐ中国人の大群がいたということ自体、私には理解できなかった。

 1992年5月、東ヨーロッパに流れ込んだ中国人たちを追うために、私はハンガリー、チェコスロバキア(当時の国名。のちにチェコとスロバキアに分かれた)、ルーマニアなどの国々を取材した。後にその取材は、私の代表作である著書『新華僑』に結実した。

 同じころ、北京発モスクワ行きの国際列車を利用する中国人が大幅に増えたという話を聞いて、本能的に追いかける価値があると思い、私もその国際列車に乗った。その取材は1993年2月に放送されたNHKスペシャル「西方に黄金夢あり~中国脱出・モスクワ新華僑~」となり、賞もいただいた。1995年には、密航者を追ってニューヨークのチャイナタウンを取材した。それもNHKスペシャル番組として、実を結んだ。

 こうした仕事の結果が、私にジャーナリストという職業には敏感な臭覚、旺盛な好奇心、迅速な行動力が求められているということを教えてくれた。今回も自然にキプロスと一部の中国人に見られる行動との関係に焦点を当てて調べることになった。