インターネットの「知の巨人」、読書猿さん。その圧倒的な知識、教養、ユニークな語り口はネットで評判となり、多くのファンを獲得。新刊の『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』には東京大学教授の柳川範之氏が「著者の知識が圧倒的」、独立研究者の山口周氏も「この本、とても面白いです」と推薦文を寄せるなど、早くも話題になっています。
この連載では、本書の内容を元にしながら「勉強が続かない」「やる気が出ない」「目標の立て方がわからない」「受験に受かりたい」「英語を学び直したい」……などなど、「具体的な悩み」に著者が回答します。今日から役立ち、一生使える方法を紹介していきます。(イラスト:塩川いづみ)
※質問は、著者の「マシュマロ」宛てにいただいたものを元に、加筆・修正しています。読書猿さんのマシュマロはこちら

[質問]
イタリア人の文化や風俗について知りたいです
最近映画『ゴッドファーザー』を見て、大変面白いと感じました。そこでこの映画をもっと深く理解したいと思いました。
文化や風俗と言っていいのかわかりませんが、例えば家族で座るときの席の位置(家長はここで、長男はここで……など)だったり、西洋人は親しい人と座って話をするとき足を組む(これは聞いた話ですが、親しい人にリラックスしていることをアピールするためだとか)などなど、こういった些細なルールについて知りたいです(聞いた話も本当かどうか分からないので)。
映画の舞台は20世紀初頭から20世紀中ごろまでなので、このあたりの時代の上記のような文化(マナー?)について書かれた書籍を教えてください!
映画の舞台はイタリア、アメリカ両国になるので、ひょっとしたらイタリアだけの文化を知るのでは、足りないかもしれません……。どこから手を付けてよいか分からないので読書猿さんに質問を送りました。よろしくお願いします!!
答えにはたどりつけませんでしたが、調べものの過程を公開します
[読書猿の解答]
とても面白いご質問なので張り切ってかかったのですが、コロナ渦で図書館が調べ物であまり使えない現状&私の力量では解答までたどり着けませんでした。しかし途中までであれ探しものの考え方や当たった資料は何かの参考になるかもしれないのでご紹介します。
(1)最初に「事典」にあたる
『独学大全』でも調べものの基本として事典の使い方を紹介していますが、『イタリア文化事典』は日伊協会監修のイタリア文化に関した本邦初の事典です。今回のようなテーマの調べ物のスタートに使えると思います。
映画『ゴッドファーザー』を事典で調べる
それから発端となった映画『ゴッドファーザー』。これくらいの名作だと、この一作(や三部作)について専門的に扱った文献がたくさんあります。
「ゴッドファーザー」というそのままのキーワードでデータベースを検索してもいいですが、映画や映画監督についての調べ物の起点として便利なInternational Dictionary of Film and Filmmakers を引きました。
第1巻 Filmsの463~467頁に「THE GODFATHER TRILOGY」(ゴッドファーザー三部作)という項目があり、書籍と論文と分けてそこそこの数の文献が挙げられています。例えば
Biskind, Peter, The Godfather Companion: Everything You Ever Wanted to Know about All Three Godfather Films, New York, 1990.
Lebo, Harlan, The Godfather Legacy, New York, 1997.
フランシス・コッポラを事典で調べる
他には、この映画はフランシス・コッポラという、これまた著名な監督の作品ですが、コッポラくらいになると、彼だけを扱った事典 The Francis Ford Coppola Encyclopedia が存在します。この事典にも当然THE GODFATHER (1972)という項目があり、その末尾に文献が挙げられています。
例えば、
Jenny Jones, ed., Annotated Godfather: The Complete Screenplay with Commentary on Every Scene, Interviews, and Little-Known Facts(New York: Black Dog and Leventhal, 2007).
などは、映画のシーンごとに注釈がつけられているので、詳しく知りたいシーンについて調べる取っ掛かりになるかもしれません。
(2)マリオ・プーゾの原作小説を調べる
次に『ゴッドファーザー』には、イタリア系アメリカ人作家マリオ・プーゾの原作小説があります(初版1969年)。邦訳もあり、映画では掘り下げれなかったサブプロットや情景についてもより詳しく書き込まれているので参考になるかもしれません。プーゾ自身がこの小説について語っているThe Godfather Papers and Other Confessions(1972)という書もあります。
(3)「書誌」を調べる
さて次に少し捜索範囲を広げることとします。映画の舞台は「イタリア、アメリカ両国」とありますが、「イタリア系アメリカ人」、もっと詳しく言えば「イタリアからアメリカにやってきた人とその子孫たち」の「文化や風俗」について知りたいと、対象を設定し直すことができます。
いきなり「イタリア系アメリカ人 Italian-American」などでデータベースを検索してももちろん良いのですが、調べ物のコツのひとつは、自分よりも詳しい人、できれば当該分野の調べ物の達人を探して、その「巨人の肩」に乗ることです。
これを書籍の形にしたものを書誌 Bibliographyといいます。アメリカ合衆国におけるイタリア人を扱った書誌のひとつが
Italians in the United States: An Annotated Bibliography of Doctoral Dissertations Completed at American Universities
です。
この解題書誌(解説付きの書誌)を調べると、20世紀前半にまとめられた、
Williams, P. H., & Yale University. (1938). South Italian folkways in Europe and America
なる文献を見つけることができました。ここで「folkways」とはアメリカの社会学者 W.G.サムナーが20世紀はじめに呈示した「集団の成員に共通する行動様式で,その集団において慣習的なもの」をさす概念で「民習」とか「習俗」などと訳されます。
この文献を WorldCat(Online Computer Library Centerに参加する世界の図書館の総合目録)で調べると、次のような件名(図書館で本の内容によって分類した項目)を持つことが分かります。
Italians -- United States.
Italy -- Social life and customs
この件名をつかって更に「Italians -- United States アメリカ合衆国におけるイタリア人」や「Italy -- Social life and customs イタリアの社会生活や習慣」についての文献をさがすことができます。
Italians -- United Statesでは、
イタリア系アメリカ人の経験を扱う学術専門誌 Italian Americanaというのも見つけることができました。
「Italy -- Social life and customs」については、
例えば、我々が探しているのは、その中でも家庭に関することなので「family」などのキーワードを加えて、WorldCatで「family su:Italy Social life and customs.」と入力し検索すると次のような文献を見つけることができます。
Hubley, P., & Hubley, J. (1987). A family in Italy. Minneapolis: Lerner Publications Co.
……Families the world overシリーズの一冊。少年向けで全31頁のイラスト入りという読みやすそうなもの。
Counihan, C. (2004). Around the Tuscan table: Food, family, and gender in twentieth century Florence. New York: Routledge.
……こちらは全248ページの詳しいもの。
(4)「それは何の一種か?」と問う
さて、更に捜索範囲を広げると同時に抽象度を上げると、より短くて要約された情報を見つけることができます。具体的には「それは何の一種か?」と問うのです。
実はこの方法は先程すでに使っています。「『ゴッドファーザー』は何の一種か?」と考えて「フランシス・コッポラの映画の一種(ひとつ)である」という答えを得て、The Francis Ford Coppola Encyclopediaを探し当てました。さらに「フランシス・コッポラの映画とは、何の一種か?」と問い「映画の一種である」との答えを得て、映画全般の文献調査ツールであるInternational Dictionary of Film and Filmmakersにたどり着いたのです。
例えば「イタリアからアメリカにやってきた人とその子孫たち」は何の一種かと考えると「アメリカへの移民の一種」という答えが得られます。これに基づいて資料を探せば、例えばEncyclopedia of American ImmigrationやAmerican immigration : an encyclopedia of political, social, and cultural changeという事典を見つけることができます。
これらは「アメリカへの移民」全般を扱ったものなのでイタリアからの移民についての記述は一部だけでしょう。しかし、それゆえに、イタリア移民について知りたい時、最初に読むべき「簡潔な解説」を手に入れる可能性が高い。こうした事典の多くは各項目の末尾に参考文献を挙げているので、もっと詳しく知りたくなったら次に何を読むべきか、手がかりも手に入ります。
ご質問の中でも「イタリア人の食事の習慣や文化」のみならず、「西洋人は親しい人と座って話をするとき足を組む」という、「イタリア人は何の一種か?」→「西洋人」という移行がありました。これをカバーしようとすると、エチケットやマナーやしぐさ、ボディーランゲージといったものにまで範囲を広げるべきかもしれません。
こうして『西洋料理の食卓作法』や(フランスのものですが)『クルタンの礼儀作法書』や『椅子と身体』あるいは『ふだん着のヨーロッパ史 : 生活・民俗・社会』や『マナーの素顔』、『エチケットの文化史』あるいは『ボディートーク―世界の身ぶり辞典』、『世界比較文化事典』などに導かれることになります。
別ルートとして、「団体」「大使館」を使う
イタリア関連の団体では、東京ではイタリア文化会館の図書室がイタリア関係図書を集めた専門図書館としての役割を担っています。調べて分からないことは最終的に、こうした団体やイタリア大使館などに尋ねることになるかもしれません。