クリスパー・キャス9はどのように作られたのか?

 さて、このような画期的なゲノム編集技術の一つであるクリスパー・キャス9(ナイン)は、どのようにして作られたのだろうか。

 地球上は生物で満ちている。その生物の中で一番多いのは、私たちのように大きい生物ではなく、細菌のように小さい生物だ。そして、細菌よりもさらに多いのが(通常は生物とされない)ウイルスである。

 だから、地球上はウイルスや細菌で満ちている。その大部分は私たちに害をなすことはないし、中には私たちに有益なものさえいる。とはいえ、一部のウイルスや細菌は、私たちに病気を引き起こす病原体である。そのため、ウイルスや細菌の印象は、あまりよくないのだろう。

 その、ウイルスと細菌だが、両者はかなり異なるものである。ウイルスはタンパク質やDNA(あるいはRNA)でできた粒子である。それ自身では増えることができないが、細胞の力を借りれば、自分の複製を作って増えることができる。

 ちなみにDNAやRNAは、ヌクレオチドという物質が一列にたくさんつながった分子である。すべての生物は遺伝情報をDNAに蓄えており、RNAはその情報からタンパク質を作るときの仲立ちなどの役割を果たしている。

 いっぽう、細菌は生物である。細胞でできており、細胞分裂をして増えることができる。そういう意味では、細菌は、ウイルスよりも私たちヒトに近い。細菌も私たちも細胞でできた生物だからだ。ウイルスは細胞でできていないし、通常は生物とされない。

 生物であるためには、1) 膜で囲まれていること、2) 物質やエネルギーの流れである代謝があること、3) 複製を作ること、の3つが必要だが、ウイルスには2と3が欠けている(膜があるウイルスはいる)。

 そのため、ウイルスは細胞の力を借りるために、細胞に感染する。そして、細菌は細胞でできている。だからウイルスは、細菌にとっても病原体である。ウイルスは私たちにも感染するが、細菌にも感染するのだ。この、細菌に感染するウイルスのことを、バクテリオファージ(あるいは単にファージ)という。

 ファージに感染した細菌は、最悪の場合、細胞内のシステムを乗っ取られてしまう。そして細胞内でファージをたくさん作らされた挙句に、細胞は壊されて、たくさんのファージが外へ出てくるのである。

 ファージは細菌より小さくて、地球上のいたるところに存在する。地球上には細菌もたくさんいるけれど、数でいったらファージの方がずっと多い。このファージが細菌を殺す力は強力で、もの凄い数の細菌が集まったコロニーも、たった1個のファージを加えただけで、数時間もあれば全滅してしまう。

 ある試算では、ファージの感染によって、毎日すべての細菌の約40パーセントが死んでいるという。もしそれが正しければ、細菌にとってのファージは、人類にとっての新型コロナウイルス感染症やスペイン風邪をはるかにしのぐ脅威といってよいだろう。

 もちろん細菌の側も、ファージの感染に対して何もしなかったわけではない。細菌はファージに感染しても死なないように、いくつかの防御システムを進化させた。その一つが「クリスパー・キャス」システムで、細菌の免疫システムである。細菌が過去に感染したファージに再び感染した場合は、このシステムによって、そのファージのDNAを分解することができる。そのため、同じ種類のファージに感染しても、細菌が死ぬことはほとんどないのである。