教授会で政治力を持つのは、日本人の死因の上位を占める、がん・脳卒中・心筋梗塞・高血圧性疾患・糖尿病・肝硬変・慢性腎不全の「七大生活習慣病」の関連科である。これらは端的にいえば、日本人にとってより重大な疾病だ。医師・看護師などスタッフの数、高度な設備の質と量、製薬会社など関連業界の多さ、学会の権力など、莫大なヒト、モノ、カネが集中する。それは自然と、教授会内での圧倒的な政治力になっているのだ。

 一方、感染症はかつて結核、赤痢、天然痘など死に直結する病気が多かったが、その多くは治療可能となり、天然痘など根絶が宣言されたものも少なくない。エボラ出血熱など新興感染症が出現しているが、日本はこれらの多くが流行する熱帯地域から遠隔の極東の島国であり、これまでパンデミックを経験することがなかった。

 要は、日本では感染症に対する恐怖が基本的に低かった。感染症医は日本の医学部で花形ではなく、研究のフィールドはリスクの高いアフリカなどだ。これでは目指す医学生は多くならない。感染症関連の医者は数も質も世界の中で遅れているのが実態で、教授会での発言力も当然弱くなる。

 新型コロナの重症者を受け入れると教授会で発議されても、「七大生活習慣病」の教授陣から、コロナの院内感染でクラスターが発生したら、他の疾病の高度治療や研究に支障が出るという意見が出たら、それに抵抗するのが難しいことは容易に想像できる。

日本での新型コロナウイルスの研究成果が少ない理由

 また、大学病院における感染症関連科の政治力の弱さは、重症者への対応という「臨床」の問題にとどまらない。大学病院の重要な役割の1つである最先端の医学の「研究」の停滞につながる。

 現在、英医学誌「ランセット」や英科学誌「ネイチャー」などの学術誌や、その査読前の論文を掲載し、一般に公開する「プレプリント・サーバー」には、新型コロナウイルスの特性を明らかにする世界最先端の研究成果が、世界中から寄せられている。だが、日本からの貢献は多いとはいえない(第246回)。

 その理由の1つとして、最先端の研究を担うはずの大学病院が、新型コロナ患者を受け入れていないことが挙げられるのではないか。患者を受け入れなければ、得られるデータも当然少なくなるのだから、研究が進まず論文が出てこないのは当たり前の話だ。

 そして、日本はワクチン開発において、英国に後れを取った。だが、それは必然なのである。