かつて、筆者は、日本の大学病院と、英オックスフォード大学の新興感染症対策ネットワークの比較を論じたことがある(第49回)。これは、私が地政学者としての「大英帝国ネットワーク」の研究として行ったものだが、オックスフォード大学は「オックスフォード大学熱帯医学研究センター」を設立し、アフリカ・ケニアと東南アジア・ベトナム、タイなどに研究拠点を形成している。

 例えば、資金力を比べてみると、日本の大学病院のネットワークは、2009年に民主党政権に事業仕分けされるまで、文科省から年間25億円の予算を獲得していた。一方、オックスフォード大学は、英国のウェルカム・トラスト財団から130億ポンド(2.6兆円)の巨額資金を得て運営されているのだ。

 また、人材ネットワークの面でみると、オックスフォード大学は、積極的にタイやベトナムの若手を博士課程に入学させ、博士号を取得させて、現地に帰国させている。帰国後、タイやベトナムの若手研究者は、「オックスフォード大博士」の称号を得て、エリートとして活躍する。まさに、英国の大学がアジア・アフリカ諸国から留学生を集めて教育して「英国ファン」にし、母国に還してネットワークを強化する「人材還流システム」が構築されているのである(第19回)。

 英国は「日の沈まない国」と呼ばれた大英帝国の時代から、世界中の植民地で感染症研究を行ってきた。それは、植民地で暮らす英国人の生命の安全を守るためであり、英国は感染症対策を「安全保障問題」と認識してきたといえる。

 私は、英国の感染症医療の全貌を知ってはいない、だが、その一端を見るだけでも、資金力、人材、経験の蓄積が日本より圧倒的であり、なぜ英国が世界で最初に新型コロナのワクチン開発に成功したのかの理由がわかる。

基礎疾患の定期健診の徹底を中規模病院が担うべき

 日本で新型コロナの重症者、死亡者が欧米に比べて非常に少ないことには、さまざまな説がある。それを「ファクターX」と呼ぶこともある(第246回)。私は、国民皆保険制度により日常的な医療体制が整備され、基礎疾患を持つ人の症状が管理されているからではないかと考えている。

 新型コロナ感染拡大の初期に、米国や英国、イタリアなどで死亡者の遺体がメディアで報じられたとき、遺体は肥満体が多く、明らかに基礎疾患の管理をしていないと、筆者の知人である臨床医は指摘していた。また、黒人、スパニッシュ系、貧困層の死亡者が明らかに多く、逆に高度な医療が受けられる高所得者層の死亡率は低い。

 また、英国も死亡者が多いが、筆者が英国在住していた時に、友人が盲腸を疑われる腹痛を起こしたことがある。無料の国民医療サービス(NHS)へ友人を連れて行ったが、3カ所病院をたらいまわしにされ、ようやく診察を受けられるまで、9時間かかった。

 前述のような高度医療を誇る英国も、庶民の医療は無料ではあるものの、レベルは低い。この日常的な医療体制の差が、日本と欧米の新型コロナの重症化率、死亡率の差につながっている側面があるのではないか。