テクニックではなくコンセプトを適用せよ
ラルフ・ゴンザレスは明らかに他に類例のない人である。だれもが彼のようにリーダーシップを発揮するわけではないし、できるわけでもない。しかし、一般的に用いられているリーダーシップ開発の考え方に従えば、そうは見なされないだろう。ラルフの傑出した行動をコンピテンシー・モデルに組み込み、それをリーダー層の全体に広めようとするだろう。
案の定、ホイッスルのテクニックはその道をたどり始めた。同社の複数の会議で報告されるや、ラルフの話は一人歩きを始めたのだ。突如として全国の地区や地域で取り上げられるようになり、「すべての人にホイッスルを!」の声が上がった。ホイッスルを階級別に分ける話が持ち上がった。店長は緑のホイッスル、主任は白のホイッスル、店頭の販売員は普通のシルバーのホイッスル、といった具合である。チェックリストも話題に上った。ホイッスルを吹いてもよい場合が12通り、絶対に吹いてはならない場合が20通りとされた。
あるリーダーの活き活きとした個性の表現として始まったことが、標準の業務手順へと突然変異しようとしていた。幸い、賢明なベスト・バイの役員の一部は、このテクニックの成功はラルフ自身の存在によるところがかなり大きいと理解しており、この突然変異が広まる前に食い止めた。
定型モデルをこのように応用することは見当違いだと同社の役員には感じられたのだ。では、ラルフと同じ立場にいるベスト・バイのリーダー職や、同社でリーダーになりたいと願っている社員たちなら、これをどう感じただろうか。
私たちの多くは、形だけは定型モデルをつくったふりをしてみるが、そうしたモデルが何か歪んでいることもどこかで知っている。リーダーシップの公式が想定するような理論上の世界でならうまく機能するだろうが、現実の世界では、すべてのリーダーに効果的に転用できるような優れたテクニックが見つかることはまずありえない。
この問題は「真正さ」と関係している。あるリーダーが使用すればまったく自然なテクニックも、別の人が使用すると無理矢理でうそ臭くて、ばかばかしく見えることがある。リチャード・ブランソンがヴァージン・アメリカのジェット機のタラップでシャンパン・ボトルを掲げて、魅力的なフライト・アテンダントの一団に囲まれる様は、奔放でさっそうとした印象を与える。ウォーレン・バフェットがネットジェッツの飛行機で同じポーズを取っても、こうはいかない。
ラルフのホイッスルの話は、組織における根本的な真実を明らかにしている。すなわち、優れたリーダーシップの特質を他人に適用することは容易ではないということである。適用できるのはリーダーシップの概念のほうである。なぜなら、コンセプトは人から人へ簡単に伝えることができるからだ。
ラルフのケースでのコンセプトは、「最高のリーダーは優れた瞬間をとらえ、それをチームに反映させる」というものである。このコンセプトはリーダーとして成長したい人ならだれにでも教えることができ、その人の役に立つ。ちょうど、「従業員の意欲が顧客ロイヤルティを高める」というコンセプトや、「既存顧客こそ最高の見込み客だ」というコンセプトを、すべてのリーダー志望者に教え、役立てることができるのと同じである。
しかし、コンセプトはそれぞれのリーダーに手渡された段階で変化する。1つの行い、一連の振る舞い、一まとまりのテクニックへと変換されるのだ。そこには特定の個人が関わる。そのコンセプトを実際に適用する人、つまり換言すればラルフと同じ立場にいるだれかだ。そして、ラルフが使用してうまくいったテクニックは、ラルフとは異なるリーダーシップを発揮する人が使ってもうまくいかない。
あらためて言うが、「うまくいかない」とは「本物らしく見えない」という意味である。借り物のテクニックは、周囲からは堅苦しく違和感があるように見えるし、それを無理に使おうとする本人は、自分の言動が支離滅裂で勘が働かないことに気づくだろう。言わば「フランケン・リーダー」(注2)になってしまうのである。
フランケン・リーダーに従いたい人などいない。動きはのろく危険なうえ、最悪なのは予測不可能なことだ。
自分自身の内なる羅針盤に従って動く人は、予測可能性という特性を持つ。彼らの行動は、新しい領域に足を踏み入れる時でさえ、過去にしてきたこととある程度一致している。彼らの立ち位置があなたにもわかり、彼らとともにいれば自分の立ち位置もわかる。
自分の羅針盤に沿わない、借り物の行動を無理に取ろうとするリーダーからは、このような一貫性が見えてこない。たまたまその日借りてきたテクニックが、次に借りてくるテクニックと衝突するのだ。
1つのテクニックから別のテクニックへと予測不能にふらつき、不明瞭で一貫しないシグナルを発信するリーダーほど、従業員が恐れるものはない。さまざまな集団に関する研究からこのことは明らかだ。そして、逆もまた真であることもわかっている。
2002年にギャラップのジム・ハーターの研究グループが発表した、従業員の意欲に関する研究のメタ分析は、1万885のチームに所属する31万人の従業員の体験を対象としたもので、この種の分析としては過去最大のものだ。この分析において、従業員の意欲と業績の両方に2番目に大きな影響を与える要因は「自分が何を期待されているかを自分でわかっているか」という質問に対する従業員の答えであることが判明した。
あなたがリーダーであるなら、「真正さ」こそあなたの最も貴重な財産である。そして、あなたの長所に合わないテクニックを使おうとすると、その真正さを失ってしまう。これは、他のリーダーから何も学べないという意味ではない。自分と似たような長所を持つリーダーからこそ最も多くのことを学べるというだけである。
【注】
2)フランケンシュタインのような、つぎはぎだらけのリーダーのこと。