自らの力で社会を変えたい――そんな情熱や使命感を抱いて挑戦する若きリーダーたちは、どのように育ってきたのか。今回は、農産物のオンライン直売所「食べチョク」を運営するビビッドガーデンの創業者、秋元里奈さん。代々、農業を営む家庭に生まれ育ったというアイデンティティーが起業に結び付くまでには紆余曲折がありました。(聞き手/ダイヤモンド編集部論説委員 深澤 献)

「農家は継ぐな」が母の教え
完全なる安定・大手志向

――生まれも育ちも相模原ですね。

秋元里奈・ビビッドガーデン社長
映画「ボヘミアン・ラプソディ」を見てクイーンのフレディ・マーキュリーのマニアになった Photo by Masato Kato 拡大画像表示

 大学までずっとそうです。父が早くに亡くなって、母と父方の祖父、それから双子の弟の4人で暮らしてきました。

 相模原でも(東京の)町田寄りで、家は代々、農業を営んできました。ただ、私が生まれた頃には、周りもみんな農家をやめて宅地化していて、私の家も、家の周りにしか畑は残っていない状態でした。

 畑では、弟と遊びの延長で草むしりや収穫を手伝いました。野菜は家で取れたものを食べるのが基本でしたね。

 ただ、小学生になると急に緑黄色野菜を食べなくなりました。給食の野菜をまずいと感じ、無理に食べると吐いてしまうほどで、家でも一切食べなくなりました。

――どんな子どもでしたか。

 完全にインドア派でした。漫画家になるのが夢で、体も弱かったので、みんながドッジボールをしているときに教室で絵を描いているような、クラスでもあまり目立たない方だったと思います。

 でも中学では、体を強くしようと思ってバスケットボール部に入りました。それがきっかけで、どんどんと外へ出ていくようになりました。公式戦に出場したのは15秒だけですが、負けず嫌いだったのでずっとランニングをしていたら持久走が速くなりました。あと、リバウンドの練習ばかりしていたら、身長が15cm伸びました。