これからのエネルギーの勝者は?

 人類は火を利用し始めてから長いあいだ、おもに木および木炭を燃料にしていた。しかし、鍛冶、染物、陶器、ガラス、レンガなどの燃料の需要が高まると深刻な木材の不足が起こるようになった。十二~十三世紀にはイギリス、ドイツで石炭の本格的採炭が、さらにはコークスを使う近代製鉄が始まると、石炭の消費量は飛躍的に増大。これが産業革命の原動力となってイギリスの世界制覇が完成する。一七六五年、イギリスのジェームズ・ワット(一七三六~一八一九)による蒸気機関の改良は画期的で、蒸気機関の蒸気をつくるための石炭を燃料の主流に押し上げた。

 有史以来の木(薪)や木炭から石炭への転換は、「第一次エネルギー革命」と呼ばれる。石炭は、水素、炭素、酸素、窒素、硫黄などの元素によって構成されている有機質高分子(一部に金属元素との結合をふくむ)である。そのため、石炭を燃やすと大気汚染の原因となる窒素酸化物(NOx)や硫黄酸化物(SO2)ができる。そこで、石炭をむし焼きにしてつくったコークスが大量に使われるようになった。なお、石炭をむし焼きにすると石炭ガスが副次的に生産される。

 十九世紀照明の花形になったガス灯は、石炭ガスの最初の本格的な用途だった。当時、欧米では、照明用にはもっぱら鯨の油のランプや獣脂や蜜ロウからつくったロウソクが用いられていた。安価なガス照明でイギリスの産業界は夜間の労働を確保できた。

 一八一二年には都市におけるガス照明を目的としたガス会社がロンドンに設立されると、石炭ガスが各家庭までパイプで運ばれた。その後ガス会社が多く生まれ、一八五〇年頃の欧米の主要都市にはほとんどガス灯が普及していた。

 そして、日本では一八七二年、横浜に最初のガス灯が灯った。一九一五年には全国に一五五万個のガス灯が灯った。同時に動力用として二六〇〇を超えるガスエンジン(気体燃料を使って往復動をする機関)が設置された。

 しかし、強力なライバル──電力が台頭すると、照明用、動力用の石炭ガスは電力に敗退する。電力による白熱灯とモーターの時代になっていった。それでもガスは燃料用としての用途は残り、都市ガス事業は熱エネルギーを供給する事業へと大きく発展していった。ガスの成分は、石炭ガスから、大気汚染物質を出しにくく、供給の安定性が高い天然ガスに変わった。

 エネルギーの勝者である電力も、主力の火力発電は、石炭、石油、天然ガスの燃焼で成り立っており、高温・高圧の水蒸気をタービンに送り、発電機を回して発電している。

 第二次世界大戦後、中東の豊富な石油資源が開発され、また、タンカーの大型化によって輸送費が低下した。そのため、燃焼が容易で灰も出ず、パイプラインで遠距離大量輸送が可能であり、石油化学工業としてさまざまな製品をつくる原料になる「石油」が石炭を圧倒するようになった。一九四〇年代末に始まったこの傾向は、一九五〇年代末にはより顕著になった。これを「第二次エネルギー革命」という。

 一般には、第一次、第二次などと分けずに、第二次エネルギー革命を「エネルギー革命」と呼ぶことが多い。石炭(固体)から石油と天然ガスの流体(液体と気体)への転換なので「エネルギーの流体化」ともいわれる。

 メタン(CH4)を主成分とする天然ガスは、同じ熱量を発生させるときの二酸化炭素排出量が少なく、さらに、大気汚染物質となる窒素酸化物(NOx)の排出が少なく、硫黄酸化物(SOx)も排出しない大変にクリーンなエネルギーである。そのため、石炭・石油・LPガスからのエネルギーシフトが期待されている。

 さらに今後のエネルギーとして期待されているのは水素エネルギーである。燃焼時に二酸化炭素を排出せず、出すのは水蒸気(水)のみだ。ただし、課題も多い。定置用では家庭用燃料電池が一部実用化しているが、まだまだコストが高い。

 また、移動用では燃料電池車の開発が進められているが、燃料電池のコストだけではなく、水素は液化しにくい気体のため、「水素の積載量」が課題になる。また、水からつくるときに大きなエネルギーが必要だ。そのとき、太陽光や風力などの再生可能エネルギーや原子力を用いない限り、結果的に二酸化炭素排出量が多くなってしまうのだ。

左巻健男(さまき・たけお)

東京大学非常勤講師
元法政大学生命科学部環境応用化学科教授
『理科の探検(RikaTan)』編集長。専門は理科教育、科学コミュニケーション。一九四九年生まれ。千葉大学教育学部理科専攻(物理化学研究室)を卒業後、東京学芸大学大学院教育学研究科理科教育専攻(物理化学講座)を修了。中学校理科教科書(新しい科学)編集委員・執筆者。大学で教鞭を執りつつ、精力的に理科教室や講演会の講師を務める。おもな著書に、『面白くて眠れなくなる化学』(PHP)、『よくわかる元素図鑑』(田中陵二氏との共著、PHP)、『新しい高校化学の教科書』(講談社ブルーバックス)などがある。