衆院予算委員会で答弁する総務省の前情報流通行政局長、秋本芳徳。首相の菅義偉の長男を含めた東北新社と総務省幹部との接待会食は、常軌を逸していたと言わざるを得ない
衆院予算委員会で答弁する総務省の前情報流通行政局長、秋本芳徳。首相の菅義偉の長男を含めた東北新社と総務省幹部との接待会食は、常軌を逸していたと言わざるを得ない Photo:JIJI

 今や死語になりつつあるが、メディア界に「波取り記者」という隠語があった。テレビの放送免許の獲得や免許更新をスムーズに運ぶために選抜された“特命記者”のことを指した。主に各社のベテラン政治部記者が旧郵政省クラブに配属された。その淵源をたどると、元首相の田中角栄に行き着く。

 田中は39歳で史上最年少の郵政大臣に就任すると、1957年10月、全国から殺到していたテレビの放送免許申請に対して、34社に一括して予備免許を与えた。この結果、田中は電波行政に絶大な影響力を持ち、その後も元自民党副総裁の金丸信、元首相の竹下登、小渕恵三ら田中の系譜を踏む政治家がこれを引き継いだ。「郵政族」とも呼ばれた。

 しかし、郵政民営化を掲げた元首相、小泉純一郎の登場と中央省庁の再編で郵政省が自治省などと合体して総務省になってからは「郵政族」は姿を消す。この真空状態に現れたのが首相の菅義偉だった。小泉内閣で総務副大臣、そして第1次安倍晋三内閣で総務大臣に就任した。

 その菅は総務大臣になると、長男を政務の秘書官に起用した。この時点ではニュースにもならなかった小さな人事の一つだった。それが約15年を経て政権を揺るがすスキャンダルになった。