この1年で開催方法を見直せなかった原因は
日本人の「ある特性」にある

 三つめに1年間の延期という猶予期間があったにもかかわらず、なぜ開催方法の見直しがなされないままの開催になるのかという論点があります。

 オリパラ開催で東京都民が一番危惧していることは、この期間、オリパラ会場を中心に都心にグローバルな密が発生することです。聖火リレーもそうですが、群衆が作る密こそ東京都知事が繰り返し問題視してきたもののはずです。

 オリパラ開催における最大の問題点はここです。これがゴルフでもサッカーでも水泳でも一競技の世界大会であれば世界の各都市で現実に世界大会は開催可能な状況にあります。ところがオリンピックとなると33競技が首都圏に集まる。そして日本中から観客が東京に集まり密が発生することになります。

 日本人はこういった問題を「やるかやらないか」の二択でしか検討しない特性があります。外国人の観戦については「やらない」。日本人の観戦に関しては「無観客にするかどうかこれから決める」といった具合です。

 本当だったら1年の猶予期間があり、かつ2021年も昨年と同じ新型コロナリスクがあることはわかっていたので、それ以外の選択肢を検討する時間は十分ありました。たとえば国内分散開催を検討する時間だって十分にあったはずです。

 本来、オリパラは一都市で開催されるものなのですが、すでに昨年の時点でマラソンについては札幌で分離開催されることが決まっていました。そう考えれば東京だけで開催することはコロナ禍の下ではルールでも制約でもありません。

 もし、昨年のうちに「プランB」を検討の俎上(そじょう)に載せ、たとえば柔道は福岡、バドミントンは大阪、卓球は名古屋といったように競技ごとに開催地を分散させていれば、オリパラの開催によって発生する密を国民が懸念する必要がなかったはず。

「県境をまたぐ観戦はなるべくお控えください」と呼びかけることで、変異種が猛威を振るう関西から東京への大量の観客移動が発生しない開催方法もあったわけです。

 この分散開催はあくまで考え方の一例ですが、オリパラをなんとか開催させるというゴールに向けて考えられる案はいろいろとあったはずです。

「いや、そうはいっても五輪会場を東京に造っちゃったから」という意見はわかりますが、その論理だから五輪の中止か開催かの二択しか検討できないわけです。

 このように、なんとかして世界のアスリートたちの努力に報いるためにオリパラを実現するという大義が触れられないまま、自粛が続く一方でお祭り騒ぎも続き、国民に不安と不満が高まっている。先の国政の補欠選挙では与党が3つの選挙で全敗しましたが、これがオリパラを巡る現時点の国民の不満を一番よく表しています。

 では結局、オリパラの未来はどうなるのか?

 ここが最大のポイントなのですが、7月になってオリパラが開催された段階で国民は手のひらを返すでしょう。2019年のラグビーワールドカップ。開催直前までは誰も関心がなかったイベントが、いざ開催されたら日本全土を熱狂の渦に巻き込んだのと同じです。

 オリパラは大きな感動を生み、この夏、国民の心はひとつになるでしょう。そしてもう一つ、高い確率で予測されることですが、皮肉なことにその成功をバネにこの10月までに行われることになる衆議院議員選挙では、ここにきて支持率を下げてきた菅内閣ですが多少の議席を失う程度で政権を持ちこたえる結果になるでしょう。

 ここまでいろいろありましたが、東京オリンピック・パラリンピックの開催は、最終的に今、目の前にある政治と経済の問題のすべてを癒やすことになると予測されるのです。

(百年コンサルティング代表 鈴木貴博)