「オリンピックは私の生きる土台」と語る橋本聖子・東京五輪組織委員会会長。幼少時から五輪を目指したが、腎臓病や過度のストレスによる呼吸器の問題に苦しみながらの競技生活を経て五輪に出場し、銅メダルを獲得した経緯があるからだ。自身の経験から、「病」に打ち勝つ重要性と共に、五輪やスポーツの意義を通じてあるべき社会の姿を語る。(作家・スポーツライター 小林信也)
スポーツ医学は医療費削減につながる
薬を処方しないという制約の「効果」
聞き手・小林信也(以下、小林) コロナ禍なのになぜオリンピックなのか、スポーツなんかやっている場合か、という声も多いのですが、私はコロナ禍だからこそスポーツの果たす役割がある、スポーツの持つ可能性をもっと活用してほしいとジリジリしています。
橋本聖子会長(以下、橋本) 多くの方にわかってもらえるといいなと思っているのは、コロナ禍でインフルエンザにかかる方がほとんどいなくなりましたよね。それはスポーツ医学が日常やっていることと同じなんです。
アスリートには薬を飲ませられません。市販されている風邪薬でもむやみに飲んでしまったら、ドーピング違反に引っかかってしまいます。いまは漢方薬もダメなものが多いですから、いかに薬を飲ませないようにするか。そのためには、ケガをさせない、病気にさせない、風邪をひかせない、これを日々考えながら選手に寄り添っているのがスポーツドクターです。この人たちの医学は対症療法ではないんです。完全に予防医学、予防医療です。
小林 手洗い、うがいを励行するだけで、風邪もひきにくくなる。日本国民はすごく実感しているでしょう。
橋本 私たちアスリートが普通にやっているスポーツ医療が当たり前のように地域医療と組んだら、どれだけの医療費の削減になるか。
小林 いま国民医療費は43兆円を超えているといわれます。この何割かを生活を楽しむために使えれば、人々の暮らしはもっと豊かになるでしょう。
橋本 でもお医者さんは怒るんです。薬を出さなくなったら大変なことになる。現在の診療報酬制度は薬を出すと点数がいちばん高いので、(予防医学の推進を提唱すると)反発の声も出てきます。
小林 スポーツドクターは、投薬によって収入を高めることができない。
橋本 スポーツドクターはそういうことがやれないんです。
コロナ禍を機に、ひとりひとりが予防を徹底すると劇的な変化をもたらすことを、全世界がわかったわけですよね。これはまさにスポーツ医学の発想です。食べるものに気をつけ、スポーツをすることで健康を実現する。生活習慣病は、運動と食べるものでまったく変わります。努力をしないで薬によって病気を治す医療から、医師が努力をともにしながら健康体を取り戻していこうとするスポーツ医学的な予防医療へ。
今回の東京大会は、スポーツ医療がもたらしてきたアスリートの肉体がもっとクローズアップされて、コロナ禍においてこれからの医療がどう開拓されていくか、対症療法から未病対策に医療が変わっていく、この東京大会が転換期なんだと思ってもらえる努力が必要だと思っています。