新基準の導入において
全ての土砂災害を現地調査

 2020年6月から土壌雨量による運転規制が施行されると、図らずもその成果はすぐに表れた。新規制導入の翌月に発生した令和2年7月豪雨では、高山本線の飛騨一ノ宮駅~高山駅間と、飯田線の小和田駅~中井侍駅間で土砂流入が発生したが、災害発生前に土壌雨量が規制値に達していたため、事前に列車の運行を取りやめることができたのだ。さらに旧来の連続雨量では規制値に達していなかったというのである。

 運転規制が見直された背景について、舟橋さんは前提として近年の災害の激甚化があるとしつつ、「レーダ雨量の精度向上や、雨量計の高性能化により、より合理的に災害の発生を捕捉できるような新たな指標が普及してきた」ことを挙げている。

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 では経験則は新技術によって書き換えられていくのだろうか。しかし、舟橋さんは新しい技術にこそ経験が大事であると語る。

「鉄道は経験を大事にする業種です。新しく土壌雨量を導入しましたが、その基準値を決めるにあたってはJR発足以降に発生した全土砂災害の現地調査など人が足を運んで、OBにもヒアリングをして決めていきました。経験なくして新しい技術や知見は使えません」

 鉄道は経験工学といわれるように、経験から離れることはできない。しかし、経験の上に安住しているだけでは安全対策は後手に回ってしまう。最新技術によって経験を再評価していく取り組みこそが、安全性向上を実現する唯一の地道な方法なのだろう。何かと保守的な会社とみられがちなJR東海の新たな一面を感じさせる取り組みであった。