技術の目的は「効率化」より「豊かさ」

――3Xの筆頭がDX(デジタルトランスフォーメーション)ですね。

<3X>と<共領域>を両輪に、豊かな未来をつくる関根秀真(せきね・ほづま)
三菱総合研究所 参与 早稲田大学大学院理工学研究科修了。博士(工学)。1994年、三菱総合研究所入社。入社以来、宇宙開発、地球観測、森林環境・ビジネス(温暖化対策)、防災を中心として途上国開発支援、政府・自治体事業に関わる事業に従事。また、50年後の世界・日本を見据え、未来社会像を描きその実現に向けた同社50周年記念研究を担当。同研究成果を踏まえた3X(DX/BX/CX)に関わる研究・提言を先進技術センター長として推進。東京大学工学部非常勤講師。日本防災プラットフォーム監事。

 本書ではDXを「人の豊かさを実現するための変革」と捉えています。そこで、技術群としても、一般的にDXの文脈でクローズアップされることの多いブロックチェーンやIoTより、汎用AI、量子コンピューター、ロボティクスなどを重点的に取り上げました。いずれもまだ発展途上で、進化の方向性が定まっていないものばかりですが、だからこそ、人と機械が共存する新しい豊かさを先んじて考えるための論点を示せたと思います。

 日本のDXの大きな問題点は、「今の業務をどう効率化するか」が主眼になっていることではないでしょうか。業務システムの更新も、ペーパーレス化も、RPAによる自動化もそうです。行政のDXも同様で、スマートシティのような試みは各地で進んでいるものの、行政業務の効率化を「スマート」と呼んでいる印象が否めない。すると、いつの間にか「人手を減らす」ことが目的にすり替わってしまいます。やはり「働く人の豊かさ」「暮らす人の豊かさ」を目的としなければ、方向性を見誤ってしまうのではないでしょうか。

――確かに、企業戦略としてのDXが声高に語られる一方で、社会全体としてデジタルをどう使うか、という視点は少なかったように思います。しかし、コロナ禍によってデジタル化が一気に進展した面もありますね。

 コロナ禍では「バーチャル渋谷」のように、仮想空間上にバーチャル都市を作る試みも各地で立ち上がりました。そもそもの発想は「人が集まれない」という制約をカバーする「現実の代替物」ですが、それ自体に価値を見いだす人が増えれば、現実と相補的な新たな活動の場として価値が高まっていくでしょう。その鍵を握るのが、いま目覚ましい勢いで進化しているVR(仮想現実)やAR(拡張現実)などのバーチャルテクノロジーです。

 昨秋発売されたオキュラスのVRヘッドセット「quest 2」がマニア層で話題ですが、私自身も体験してみて、圧倒的な空間の広がりと没入感に驚きました。VR空間でのチャットでは、近くのアバターの声は近く、遠くのアバターの声は遠い、といった遠近感まである。しかし面白いのは、どんなに衝撃的な体験でも、一度体験すれば「普通」に思えてくるところです。TwitterやFacebookが10年ほどで一気に一般化したように、想像以上に早く当たり前の技術・サービスになると思います。

――技術が進歩するにつれ「リアルかバーチャルか」ではなく、「リアルもバーチャルも」になっていきますね。

 バーチャル空間が拡充されれば、都市の過密、地方の過疎といった課題の解決につながりますし、社会的な孤立や孤独の解消にも役立ちます。障がいを持つ人の活躍の場も広がるでしょう。社会課題の解決や包摂の場としての価値が高まっていくと思います。その際に、リアル空間の価値が毀損されるかというと、そうではないと考えます。「リアルもバーチャルも」の世界では、リアル空間だからこそ価値のあるものがより重要になるとともに、2つの空間の相乗効果も期待できます。

――続いてBX(バイオ・トラスフォーメーション)ですが、これは医療やヘルスケア、農業や漁業、環境など、かなり射程の広い技術群を含む概念ですね。

 大きく分けると「人にまつわるBX」と「社会にまつわるBX」に整理できます。

 前者は、医療、ヘルスケア、脳科学などが中心です。特に医療技術の進展は、健康や病気の概念を大きく変えています。今、日本人の死因の1位を占めるがんは、これから十数年でどんどん「治せる病気」になるでしょう。その他の病気も早期発見、治療が可能になり、人生100年時代が見えてきます。一方、認知症は先日アルツハイマー型の症状の進行を抑える薬が世界で初めて米国承認されたものの、根本的な治療法のめどは付いていない。とすれば、高齢者は「体は極めて健康なのに認知機能は低い」のが当たり前になるかもしれません。また、医療技術が進めば、病気を治すだけではなく「なりたい体、なりたい健康状態になる」ための選択が可能になっていく。極端に言えばサイボーグ化も視野に入ってくるのです。いわば「守りの健康」から「攻めの健康」へのシフトです。

 後者では、人間以外の生物、あるいは環境に関わる技術群を活用した「社会の持続可能性」を高める変革に注目しました。家畜を育てる代わりに細胞片から「培養肉」を生産したり、石油や石炭に頼らずバイオ燃料やバイオ繊維を生み出したり……。世界人口が100億人に達したとき、全員が現在の日本人のような生活をすれば地球が3個あっても足りないといわれています。バイオ技術で環境に負荷をかけずに食料やエネルギーを生み出せるようになれば、豊かさを諦めずに「地球1個分」の生活を取り戻すための大きな武器になります。

――医療や身体拡張の技術が高度化すると、経済格差によって、それを受けられる人と受けられない人との格差が広がりそうです。

 そうした格差を是正する制度も必要ですね。ただし、長期的にはコストは技術の普及に伴って下がるでしょう。とすれば、「新たな技術を積極的に受け入れる人」と「拒絶する人」の間に生じる「意識の格差」の方が深刻になるかもしれません。

 身体拡張といっても、スマホやスマートウオッチのような「ウエアラブルな技術」に抵抗を持つ人は少ないと思いますが、体にデバイスを埋め込む「インプラントな技術」となると一気にハードルが上がります。また、「脳に電極インプラントを埋め込む」というような侵襲性の高い技術でも「全盲の人が視力を得るため」なら、治療として受け入れられそうな気がしますが、「常人の2倍の視力を得るため」となると二の足を踏むかもしれません。逆に、SFアニメ『銀河鉄道999』に登場する機械化人のように、技術のメリットを独占するために他の人を迫害しようという発想が生まれる可能性もあります。

 そして、こうした懸念は現実のものになりつつあります。フランス軍は昨年、兵士の体内にデバイスを埋め込んで体力や精神力を向上させる「拡張兵士」の開発を許可する方針を打ち出しました。職業選択とセットで、半ば強制的に身体拡張が強いられる可能性があるわけです。こうした新たな事態に、どのような社会的コンセンサスを取るべきか。BXにまつわる新たな課題といえます。